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判例・実務情報

【知財高裁、特許】 主張・立証を尽くさずに、公知技術を当業者の技術常識・周知技術として扱うことは、当然に許容されない等とされた事例



Date.2012年2月22日

平成23年12月21日判決 平成23(行ケ)10121 半導体装置の製造方法事件

 

・請求認容

・ルネサスエレクトロニクス株式会社 対 特許庁長官

・特許法29条2項、進歩性、周知技術、技術常識

 

(経緯)

 原告のルネサスエレクトロニクス株式会社は、「半導体装置の製造方法」に関する発明の特許出願人である。当該出願は、拒絶査定不服審判において進歩性欠如を理由として請求不成立審決がなされた。そのため、この審決に不服の原告は、その取消しを求めて知財高裁に訴えを提起した。

 

(審決)

 審決は、引用発明、及び周知例1~3に記載された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができないとするものであった。

 

(本願発明)

 本願発明は、個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に識別できるようにし、これにより、製造プロセスに起因する製品の不良解析や不良発生箇所の特定を迅速に行えるようにすることを解決課題とするものである。

 具体的には、以下の通りである。

 

【請求項1】 

 (a) 上面と、前記上面に設けられた複数の半導体チップ搭載領域と、前記上面とは反対側の下面とを有するマトリクス基板を準備する工程、

 (b) 複数の半導体チップを前記複数の半導体チップ搭載領域に、それぞれ搭載する工程、

 (c) 前記複数の半導体チップのそれぞれと前記マトリクス基板に形成された前記複数の第1パッドとを、複数のワイヤで接続する工程、

 (d) 前記複数の半導体チップおよび前記複数のワイヤを樹脂で封止する工程、

 (e) 前記複数の半導体チップのうちの互いに隣り合う領域における前記マトリクス基板および前記樹脂を切断し、複数の樹脂封止型半導体装置を取得する工程、

 を含み、

 取得された前記複数の樹脂封止型半導体装置のそれぞれは、分割された前記マトリクス基板の前記下面に、複数の第2パッドと、複数の配線と、アドレス情報パターンとを有し、

 分割された前記マトリクス基板の前記上面は、前記樹脂で覆われており、

 前記複数の配線は、前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成され、

 前記アドレス情報パターンは、前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており、

 前記アドレス情報パターンは、前記(b)工程に先立ち、形成されていることを特徴とする樹脂封止型半導体装置の製造方法。

 

(引用発明)

 引用発明は、基板と、集積回路を形成し、該基板の1つの領域に取り付けられるチップと、該チップを該基板の1つの面に位置する外部電気接続領域に接続する電気接続手段と、封止容器と、をそれぞれに含む複数の半導体パッケージを、効率的に製作することを解決課題とするものである。

 審決が認定した引用発明は、以下の通りである。

 

 共通基板プレート102の面102a上に、電気接続領域104a及び共通基板プレート102を通過して領域104aに接続される多数の電気的接続手段である多数のグループ104を形成する工程と、

 このグループ104に対応したマトリックス構造で、多数のチップ103を共通基板プレート102の面102aの反対側の面102b上の取り付け領域109に取り付ける工程と、

 各チップ103の接続パッド110に複数の電気接続ワイヤ105を接続することによって、接続パッド110を共通基板プレート102の接続手段に接続する工程と、

 共通基板プレート102、複数のチップ103、及び、接続ワイヤ105を含む組立体111を、射出成型用型112の中に置いて封止樹脂を射出して、容器106内に共通プレート102に接続されるチップ103を有する六面体のブロック117を得る工程と、

 共通基板プレート102の面102aの接続領域104の上に、接続ドロップ又はビーズ107を置く工程と、グループ104間に延びる縦横の分割線121及び122に沿って、六面体のブロック107を縦方向及び横方向に切断する工程とによって、複数個の半導体パッケージ1を製作する方法であって、 

 チップ103及び接続ワイヤ105を封止する樹脂は、共通基板プレート102の面102bを覆い、グループ104は、面102a上に、幅方向に5グループ、長さ方向に20グループのマトリックス構造に配置され、半導体パッケージ1は、プリント回路基板上の線にはんだ付けされる複数個の半導体パッケージ1を製作する方法

 

(本願発明と引用発明の相違点)

 審決が認定した本願発明と引用発明の相違点は、以下の通りである。

 

・相違点1

 本願発明では、分割されたマトリクス基板の下面に、複数の配線を有し、前記複数の配線は、前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているのに対し、引用発明では、本願発明の「第2パッド」に相当する「接続領域104」は有しているものの、複数の配線を有し、前記複数の配線は、前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているかどうかについては、不明な点。

 

・相違点2

 本願発明では、分割された前記マトリクス基板の前記下面に、アドレス情報パターンとを有し、前記アドレス情報パターンは、前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており、前記アドレス情報パターンは、前記(b)工程に先立ち、形成されているのに対し、引用発明では、このような構成は備えていない点。

 

(争点)

 ・周知技術の認定に誤りがあるか否か。

 ・容易想到性の判断に誤りがあるか否か。

 

(裁判所の判断)

 被告は、本願発明に対して、「製造工程において素材あるいは製品を分割して、個々の製品を製造する場合に、分割前の素材に、素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき、製品となった後に、その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」ことは、周知の技術であり、当業者が決定する設計的事項であると主張した。

 

 この点について、裁判所は、以下の通り、当業者の技術常識ないし周知技術は、主張、立証をすることなく当然の前提とされるものではなく、裁判手続(審査、審判手続も含む。)において証明されることにより、初めて判断の基礎とされる等とした。

 

 主引用発明及び副引用発明の技術内容は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって、引用文献に記載された技術内容を抽象化したり、一般化したり、上位概念化したりすることは、恣意的な判断を容れるおそれが生じるため、許されないものといえる。そのような評価は、当該発明の容易想到性の有無を判断する最終過程において、総合的な価値判断をする際に、はじめて許容される余地があるというべきである。

 ところで、当業者の技術常識ないし周知技術についても、主張、立証をすることなく当然の前提とされるものではなく、裁判手続(審査、審判手続も含む。)において、証明されることにより、初めて判断の基礎とされる。他方、当業者の技術常識ないし周知技術は、必ずしも、常に特定の引用文献に記載されているわけではないため、立証に困難を伴う場合は、少なくない。しかし、当業者の技術常識ないし周知技術の主張、立証に当たっては、そのような困難な実情が存在するからといって、①当業者の技術常識ないし周知技術の認定、確定に当たって、特定の引用文献の具体的な記載から離れて、抽象化、一般化ないし上位概念化をすることが、当然に許容されるわけではなく、また、②特定の公知文献に記載されている公知技術について、主張、立証を尽くすことなく、当業者の技術常識ないし周知技術であるかのように扱うことが、当然に許容されるわけではなく、さらに、③主引用発明に副引用発明を組み合わせることによって、当該発明の相違点に係る技術的構成に到達することが容易であるか否という上記の判断構造を省略して、容易であるとの結論を導くことが、当然に許容されるわけではないことはいうまでもない。

 

 その上で、本件については、引用発明には、本願発明の解決課題及び解決手段について示唆や開示がなく、従って、被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して、個々の製品を製造する場合に、分割前の素材に、素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき、製品となった後に、その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が、周知技術又は当業者の技術常識であるか否かにかかわらず、引用発明を起点として、周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であるとはいえない、と判断した。

 

 さらに、被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して、個々の製品を製造する場合に、分割前の素材に、素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき、製品となった後に、その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が、周知例1ないし3の具体的な記載内容を超えて、技術内容を抽象化ないし上位概念化することなく、当然に周知技術又は当業者の技術常識であると認定することもできず、周知例1ないし3には、本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段に係る事項についての記載も示唆もないと指摘。

 その結果、引用発明に周知技術を適用することにより本願発明に至ることが容易であると解することはできないと判断した。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120202141310.pdf