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判例・実務情報

【知財高裁、特許】 金属分野において個々の元素における含有量等が独立して特定の技術的意義を有すると認めることはできないとした事例(実施例からの上位概念化の適否が争われた事例)



Date.2011年11月22日

平成23年10月31日 判決 平成23年(行ケ)10100号(高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板事件)

 

・請求認容

・住友金属工業株式会社 対 特許庁長官

・特許法29条2項、進歩性

 

(経緯)

原告は、発明の名称を「高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法」とする発明の特許出願人であり、拒絶査定不服審判請求で審決不成立の審決を受けたので、審決取消訴訟を提起した。

 

(本願発明)

【請求項1】

鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって,前記鋼板が質量%で,C:0.05~0.25%,Si:0.02~0.20%,Mn:0.5~3.0%,S:0.01%以下,P:0.035%以下およびsol.Al:0.01~0.5%を含有し,残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し,かつ前記合金化溶融亜鉛めっき層が質量%で,Fe:11~15%およびAl:0.20~0.45%を含有し,残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有するとともに,前記鋼板と前記合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が20MPa 以上であることを特徴とする高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

 

(審決の内容)

「本願発明は,特開2002-294422号公報(甲1。以下「引用例」という。)の記載に基づいて当業者が適宜なし得たものであり,本願発明の奏する効果も引用例の記載から予測される範囲のものであって,格別顕著なものとは認められないから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。」

ア 引用発明の内容

鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって,

前記鋼板が質量%で,C:0.03~0.18%,Si:0~1.0%,Mn:1.0~3.1%,P:0.005~0.01% 及びAl:0.03~0.04%を含有し,残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し,かつ前記合金化溶融亜鉛めっき層が,質量%でFe:8~15 %,Al:0.1 ~0.5 %,及び100mg/㎡ 以下に制限されたMnを含有し,残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有する高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

イ 一致点

「鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって,前記鋼板が,C,Si,Mn,P及びsol.Alを含有し,残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し,かつ前記合金化溶融亜鉛めっき層がFe及びAlを含有する化学組成を有する高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」で一致し,鋼板のC,Si,Mn,P及びsol.Alの含有量,並びに,合金化溶融亜鉛めっき層のFe及びAlの含有量も重複する。

ウ 相違点

(ア) 相違点1(審決の「相違点(イ)」)

鋼板の化学組成に関して,本願発明は,「S:0.01% 以下」を含有するのに対し,引用発明は,Sを含有することは記載されていない点。

(イ) 相違点2(審決の「相違点(ロ)」)

合金化溶融亜鉛めっき層の化学組成に関して,本願発明は,Fe及びAlを含有し,残部がZn及び不純物からなるのに対し,引用発明は,Fe,Al及び100mg/㎡以下に制限されたMnを含有し,残部がZn及び不純物からなる点。

(ウ) 相違点3(審決の「相違点(ハ)」)

本願発明は,「鋼板と合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が20MPa 以上」であるのに対し,引用発明は,鋼板と合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が不明である点。

 

(争点)

・引用発明の認定の誤り(取消事由1)

・相違点の看過等(取消事由2)

・本願発明の相違点3に係る構成についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3)

・手続違背(取消事由4)

 

(裁判所の判断)

裁判所は、引用発明の認定の誤り(取消事由1)および相違点の看過等(取消事由2)があると判断した。裁判所は、引用発明の認定の誤り(取消事由1)について、以下のように判示している。

 

「(1) 引用例の【表1】には,独立した5種の鋼が例示され,鋼1ないし鋼5には,含有されている元素の含有量が示されている。ところで,合金においては,それぞれの合金ごとに,その組成成分の一つでも含有量等が異なれば,全体の特性が異なることが通常であって,所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価されると解すべきである。本件全証拠によっても,「個々の合金を構成する元素が他の元素の影響を受けることなく,常に固有の作用を有する」,すなわち,「個々の元素における含有量等が,独立して,特定の技術的意義を有する」と認めることはできない。したがって,引用例に,複数の鋼(鋼1ないし鋼5)が実施例として示されている場合に,それぞれの成分ごとに,複数の鋼のうち,別個の鋼における元素の含有量を適宜選択して,その最大含有量と最小含有量の範囲の元素を含有する鋼も,同様の作用効果を有するものとして開示がされているかのような前提に立って,引用発明の内容を認定した審決の手法は,技術的観点に照らして適切とはいえない。」

 

「引用発明は,優れた溶融めっき性や耐パウダリング性を安定して得られる高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板の提案を目的とするところ,鋼においては,一般に,成分として添加される元素間の相互作用が高く,1つの鋼を組成する元素の組合せ及び含有量(含有する質量割合)が,一体として,鋼の特性を決定する上で重要な技術的意義を有することが認められる。 引用例の上記説明は,各元素ごとに,5つの独立した任意の鋼の中から含有量の最大値と最小値の範囲の含有量により組成される,あたかも1種の鋼において,特定の性質(優れた溶融めっき性や耐パウダリング性を安定して得られる高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板)を有することを開示したことを意味するものでもなく,具体的な鋼の組成及び性質を特定したものと理解することもできない。したがって,審決のした引用発明の認定は,誤りというべきである。」

 

また、相違点の看過等(取消事由2)についても、上記と同様に、「本願発明と引用発明は,いずれも鋼板等を組成する成分(元素)の組合せ,含有量(含有する質量割合)が「一体として」重要な技術的意義を有する発明である」と述べ、「本願発明と引用発明とは,組成成分の含有量(含有する質量割合)の組合せが,鋼の特性に影響を与える重要な構成であることに鑑みると,組成成分の含有量に異なる部分があることを考慮することなく,一部が重複していることのみを理由として,相違点の認定から除外することは許されないというべきである」と判断した。

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111101142814.pdf