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【知財高裁、特許】 特許請求の範囲において特定された数値範囲の極限において発明の課題を解決できない場合があっても、サポート要件を満たすことがあるとされた事例 平成23(行ケ)10254 減塩醤油類事件



Date.2012年6月29日

知財高裁平成24年6月6日判決 平成23(行ケ)10254 減塩醤油類事件

 

・請求棄却

・X 対 花王株式会社

・特許法36条4項1号、6項1号、実施可能要件、サポート要件

 

(経緯)

 被告の花王株式会社は、名称が「減塩醤油類」の特許発明の特許権者である。原告Xは、当該特許に対し特許無効審判を請求し、特許庁は被告の訂正を認めた上で、サポート要件及び実施可能要件に違反しないとして請求不成立審決をした。

 本件は、この請求不成立審決に不服の原告が知財高裁に訴えを提起した事件である。

 

(特許発明)

 本件の特許発明は、以下の通り、醤油に含まれる食塩、カリウム及び窒素に関し、その濃度等を数値範囲によって特定した減塩醤油についての発明である。

 また、本件発明の課題は、塩味がより強く感じられ、味が良好であって、カリウム含量が増加した場合にも苦味が低減できる減塩醤油を得ることとされている。

【請求項1】

 食塩濃度7~9w/w%、カリウム濃度1~3.7w/w%、窒素濃度1.9~2.2w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。

 

(争点)

 本件の争点は、以下の通りである。

1.サポート要件に係る判断の誤りの有無(取消事由1)

2.実施可能要件に係る判断の誤りの有無(取消事由2)

 

(裁判所の判断)

 上記争点のうち、サポート要件に係る判断の誤りの有無については、以下の通りである。

 

 ・本件発明の構成と効果の整合性について

 サポート要件に関し、原告は、「本願明細書の実施例1と5は、食塩、カリウム、窒素がすべて同じ濃度であるにもかかわらず、塩味の指標が3と4で異なり、本件発明の構成と効果の整合性が取れていない」と主張した。

 

 この主張に対し、裁判所は、実施例1及び5を含む、窒素濃度が2w/v%付近でカリウム濃度を変化させた場合の9種の実施例及び比較例の検討から、カリウム濃度と塩味の間には、カリウム濃度が高くなると塩味が強くなるという傾向が理解でき、実施例1と5では塩味の指標が3と4に分かれたものの、上記傾向の中にあっては、いずれの実施例も実際の塩味は指標3と指標4の間にあるものと理解することができるとした。その結果、実施例1及び5のみを取り上げて、本件発明の構成と効果の整合性が取れていないということはできないと判示した。

 

本件発明の塩味についての課題について

 原告は、「食塩濃度7w/w%の本件発明に係る減塩醤油の塩味を検討する場合において、食塩濃度7w/w%の従来品の減塩醤油と比較することが誤りである」と主張した。

 

 この主張に対し、裁判所は、「減塩醤油の塩味について、食塩濃度が9w/w%以下と定められている減塩醤油は通常の醤油と比較して食塩濃度が低いので、これを使用した場合、いわゆる塩味が十分感じられず味が物足りないと感じる人が多く、食塩摂取の抑制が望まれている割には、減塩醤油の使用が増加しないという背景技術を勘案すると、本件発明に係る減塩醤油の課題は、その塩味についていえば、食塩濃度が9w/w%以下のものであっても、通常の醤油に近い塩味を感じる減塩醤油を提供すること、すなわち、通常の醤油の塩味を絶対的な基準として、これに近い塩味を得ることが本件発明における塩味についての課題であり、本来の食塩濃度に比して相対的に塩味が強い減塩醤油を得ることというわけではない。

 したがって、本件審決の塩味についての本件発明の課題の認定には、問題があるものの、本件審決のサポート要件についての判断は、その結論において誤りはない。」と判断した。

 

 ・苦味等の課題について

 原告は、審決が「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」を本件発明の課題であると認定したことは誤りであり、本件発明の課題は「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味があり、かつ、苦み及び異味がない減塩醤油類を提供すること」であると主張した。

 

 この主張に対し、裁判所は、審決における本件発明の課題に認定には誤りがあるとしながらも、「本件発明では、食塩濃度、カリウム濃度、窒素濃度及び窒素/カリウムの重量比を本件発明が特定する数値の範囲内とすることによって、カリウムを配合することによる苦味に関する課題は解決されているので、本件発明の苦味等についての課題に触れることなく判断したことは、本件発明のサポート要件の判断の結論に影響を及ぼすものではない。」

 

 ・被告提出の試験結果報告書(乙8)について

 原告は、「本件発明において食塩濃度7w/w%の場合、塩味が弱く、発明の課題を解決できない場合があることから(乙8の試験品D)、本件発明は全ての数値範囲において所期の効果が得られると認識できる程度に記載されているということができない」と主張した。

 

 この主張に対し、裁判所は、「本件明細書に接した当業者は、本件特許の優先権主張日当時の技術常識に照らして、食塩濃度が本件発明で特定される範囲の下限値の7w/w%の減塩醤油の場合、カリウム濃度を本件発明で特定される範囲の上限値近くにすることにより、塩味をより強く感じる減塩醤油とするものであることから、特許請求の範囲において特定された数値範囲の極限において発明の課題を解決できない場合があるとしても、本件発明がサポート要件を満たさないということは適切ではない。」と判示した。

 

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120608115924.pdf