平成23年11月24日判決 平成23(行ケ)10047 低鉄損一方向性電磁鋼板事件
・請求認容
・JFEスチール株式会社 対 新日本製鐵株式会社
・特許法29条2項、進歩性、引用発明の認定、相違点の認定
(経緯)
被告の新日本製鐵株式会社は、「低鉄損一方向性電磁鋼板」に関する特許発明(特許第4344264号)の特許権者である。
原告のJFEスチール株式会社は、本件特許について無効審判請求をした(無効2010-800045号)が、特許庁は、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。本件のこの審決に不服の原告が、その取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。
(本件発明)
【請求項1】
鋼板表面に形成された引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の前記引張残留応力の最大値が70~150MPaであり、かつ、前記塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
(引用発明)
【甲1発明】
鋼板表面において、レーザスポット直径が0.18mmであるレーザを圧延方向に対し垂直方向に0.3mm間隔にて照射し、レーザ照射した列の間隔は5mmである、方向性電磁鋼板であって、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの範囲において、レーザ照射後応力除去焼なまし前、引張残留応力が生じており、その範囲における圧延方向の引張残留応力の最大値は、単結晶X線応力測定法により測定された、レーザ照射位置における120MPaであり、また、レーザ照射後応力除去焼なまし前、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの位置までにおいて、211回折の回折線の半価幅が前記圧延方向0.25mmを超えた位置における211回折の回折線の半価幅に対して大きくなっている、低鉄損方向性電磁鋼板。
(本件発明と甲1発明の相違点)
審決が認定した本件発明と甲1発明の相違点は、以下の通りである。
引張残留応力と塑性歪からなる歪領域において、本件発明1は、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であるのに対し、甲1発明は、レーザ照射後応力除去焼なまし前、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの位置までにおいて、211回折の回折線の半価幅が前記圧延方向0.25mmを超えた位置における211回折の回折線の半価幅に対して大きくなっているものの、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であるか不明である点。
(争点)
主な争点は、甲1発明の認定の当否、本件発明と甲1発明の相違点の認定の当否等である。
(裁判所の判断)
上記争点における原告の主張は、審決が、甲1発明について、レーザ照射位置から0.25mmの位置(レーザ照射位置を中心として、圧延方向の前後にそれぞれ0.25mmの位置をとると、その範囲内は、本件発明1における圧延方向の範囲0.5mm以下という範囲と同じになる。)において塑性歪・不均一歪が発生していると認定したことは誤りであり、これに伴い、その点を相違点として認定し、相違点の判断においてもその点が実質的な相違点であると判断したことは誤りであるというものである。
レーザ照射位置から0.25mmの位置において塑性歪・不均一歪が発生している否かの点については、不均一歪のレベルを示す半価幅の値が、レーザ照射位置から0、0.25、0.5、1、2mmの各位置において、応力除去焼なまし前は、それぞれ約0.61、約0.42、約0.40、約0.40、約0.40であるのに対し、応力除去焼なまし後は約0.41~0.43であった。
一方、審決は、半価幅の値として、0.43と0.41との差(0.02程度の差)は、誤差の範囲内であり、有意の差ではないと認定していたが、レーザ照射位置から0.25mmの位置における半価幅の値0.42については誤差の範囲ではなく有意の差があるとしていた。この点について裁判所は、応力除去焼なまし前のレーザ照射位置から0.25mmの位置における半価幅の値0.42においても、それ以上離れた0.5、1、2mmの位置における半価幅の値0.40と比べてわずか0.02の差しかないから、上記と同様に、有意の差はないと判断した。
その結果、応力除去焼なまし前のレーザ照射位置から0.25mmの位置においては、不均一歪・塑性歪は生じていないと認定し、原告の主張を認めた。
尚、被告は、本件発明1における塑性歪の範囲については、マイクロビッカース硬度を測定し、その前後における硬度上昇量変化が5%以上の範囲を塑性歪の発生範囲と定めるものであり、甲1発明とは塑性歪の測定方法が異なるとして、本件発明1と甲1発明の塑性歪の範囲を対比することができないと主張している(審決も同様の判断をしている)。
しかし、裁判所は、
①本件特許の請求項1には、塑性歪の範囲の測定方法について特定されていないこと、
②本件明細書には、「本発明において前記鋼板表面に形成された圧延方向の引張残留応力の最大値は、例えば単結晶X線応力解析法…を用いて圧延方向の残留応力(弾性歪)を測定し、その最大値から求めることができる。また、本発明において前記鋼板表面に形成された塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)は、例えばマイクロビッカース硬度計を用いて鋼板表面の硬さを測定し、加工硬化による硬度上昇量が5%以上の範囲を塑性歪の範囲と定義し、その塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)から求められる。」と記載されており、この段落の記載を全体としてみると、引張残留応力の最大値の測定方法と塑性歪の範囲の測定方法はいずれも例示であると解するのが自然であること
を理由に挙げ、本件発明における塑性歪の測定方法が限定されていることを前提とする審決の判断は誤りである判断した。
以上より、「甲1発明の認定において、「レーザ照射後応力除去焼なまし前、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの位置までにおいて、211回折の回折線の半価幅が前記圧延方向0.25mmを超えた位置における211回折の回折線の半価幅に対して大きくなっている」と認定したのは誤りであり、これに伴い、本件発明1と甲1発明との相違点として、甲1発明では、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であるか不明である点を認定したのも誤りであり、相違点における判断として、上記の点を実質的相違点であると判断したのも誤りである」として、本件審決を取り消した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111125083740.pdf
平成23年11月24日判決 平成23(行ケ)10047 低鉄損一方向性電磁鋼板事件
・請求認容
・JFEスチール株式会社 対 新日本製鐵株式会社
・特許法29条2項、進歩性、引用発明の認定、相違点の認定
(経緯)
被告の新日本製鐵株式会社は、「低鉄損一方向性電磁鋼板」に関する特許発明(特許第4344264号)の特許権者である。
原告のJFEスチール株式会社は、本件特許について無効審判請求をした(無効2010-800045号)が、特許庁は、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。本件のこの審決に不服の原告が、その取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。
(本件発明)
【請求項1】
鋼板表面に形成された引張残留応力と塑性歪からなる歪領域のうち、圧延方向の前記引張残留応力の最大値が70~150MPaであり、かつ、前記塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
(引用発明)
【甲1発明】
鋼板表面において、レーザスポット直径が0.18mmであるレーザを圧延方向に対し垂直方向に0.3mm間隔にて照射し、レーザ照射した列の間隔は5mmである、方向性電磁鋼板であって、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの範囲において、レーザ照射後応力除去焼なまし前、引張残留応力が生じており、その範囲における圧延方向の引張残留応力の最大値は、単結晶X線応力測定法により測定された、レーザ照射位置における120MPaであり、また、レーザ照射後応力除去焼なまし前、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの位置までにおいて、211回折の回折線の半価幅が前記圧延方向0.25mmを超えた位置における211回折の回折線の半価幅に対して大きくなっている、低鉄損方向性電磁鋼板。
(本件発明と甲1発明の相違点)
審決が認定した本件発明と甲1発明の相違点は、以下の通りである。
引張残留応力と塑性歪からなる歪領域において、本件発明1は、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であるのに対し、甲1発明は、レーザ照射後応力除去焼なまし前、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの位置までにおいて、211回折の回折線の半価幅が前記圧延方向0.25mmを超えた位置における211回折の回折線の半価幅に対して大きくなっているものの、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であるか不明である点。
(争点)
主な争点は、甲1発明の認定の当否、本件発明と甲1発明の相違点の認定の当否等である。
(裁判所の判断)
上記争点における原告の主張は、審決が、甲1発明について、レーザ照射位置から0.25mmの位置(レーザ照射位置を中心として、圧延方向の前後にそれぞれ0.25mmの位置をとると、その範囲内は、本件発明1における圧延方向の範囲0.5mm以下という範囲と同じになる。)において塑性歪・不均一歪が発生していると認定したことは誤りであり、これに伴い、その点を相違点として認定し、相違点の判断においてもその点が実質的な相違点であると判断したことは誤りであるというものである。
レーザ照射位置から0.25mmの位置において塑性歪・不均一歪が発生している否かの点については、不均一歪のレベルを示す半価幅の値が、レーザ照射位置から0、0.25、0.5、1、2mmの各位置において、応力除去焼なまし前は、それぞれ約0.61、約0.42、約0.40、約0.40、約0.40であるのに対し、応力除去焼なまし後は約0.41~0.43であった。
一方、審決は、半価幅の値として、0.43と0.41との差(0.02程度の差)は、誤差の範囲内であり、有意の差ではないと認定していたが、レーザ照射位置から0.25mmの位置における半価幅の値0.42については誤差の範囲ではなく有意の差があるとしていた。この点について裁判所は、応力除去焼なまし前のレーザ照射位置から0.25mmの位置における半価幅の値0.42においても、それ以上離れた0.5、1、2mmの位置における半価幅の値0.40と比べてわずか0.02の差しかないから、上記と同様に、有意の差はないと判断した。
その結果、応力除去焼なまし前のレーザ照射位置から0.25mmの位置においては、不均一歪・塑性歪は生じていないと認定し、原告の主張を認めた。
尚、被告は、本件発明1における塑性歪の範囲については、マイクロビッカース硬度を測定し、その前後における硬度上昇量変化が5%以上の範囲を塑性歪の発生範囲と定めるものであり、甲1発明とは塑性歪の測定方法が異なるとして、本件発明1と甲1発明の塑性歪の範囲を対比することができないと主張している(審決も同様の判断をしている)。
しかし、裁判所は、
①本件特許の請求項1には、塑性歪の範囲の測定方法について特定されていないこと、
②本件明細書には、「本発明において前記鋼板表面に形成された圧延方向の引張残留応力の最大値は、例えば単結晶X線応力解析法…を用いて圧延方向の残留応力(弾性歪)を測定し、その最大値から求めることができる。また、本発明において前記鋼板表面に形成された塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)は、例えばマイクロビッカース硬度計を用いて鋼板表面の硬さを測定し、加工硬化による硬度上昇量が5%以上の範囲を塑性歪の範囲と定義し、その塑性歪の圧延方向の範囲(最大長さ)から求められる。」と記載されており、この段落の記載を全体としてみると、引張残留応力の最大値の測定方法と塑性歪の範囲の測定方法はいずれも例示であると解するのが自然であること
を理由に挙げ、本件発明における塑性歪の測定方法が限定されていることを前提とする審決の判断は誤りである判断した。
以上より、「甲1発明の認定において、「レーザ照射後応力除去焼なまし前、少なくともレーザ照射位置から圧延方向0.25mmの位置までにおいて、211回折の回折線の半価幅が前記圧延方向0.25mmを超えた位置における211回折の回折線の半価幅に対して大きくなっている」と認定したのは誤りであり、これに伴い、本件発明1と甲1発明との相違点として、甲1発明では、塑性歪の圧延方向の範囲が0.5mm以下であるか不明である点を認定したのも誤りであり、相違点における判断として、上記の点を実質的相違点であると判断したのも誤りである」として、本件審決を取り消した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111125083740.pdf