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【知財高裁、特許】 FRAND宣言された特許権の行使に関する知財高裁大合議判決



Date.2014年5月28日

知財高裁平成260516日判決 平成25()10043 データ送信方法事件

 

 

・控訴一部認容

・三星電子株式会社 対 Apple Japan合同会社

・特許権の消尽(用尽)、権利の濫用、準拠法、FRAND宣言

 

(経緯)

 本件は、被控訴人(第1審原告)が、本件各製品の生産、譲渡、輸入等の行為は、控訴人(第1審被告)の特許権(特許第4642898号)の侵害行為に当たらず、控訴人が被控訴人の前記行為に係る本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求めた事案である。

 原判決(東京地裁平成25年2月28日判決 平成238ワ)38969)は、本件製品1及び3は本件特許に係る発明の技術的範囲に属しないとする一方,本件製品2及び4については,本件特許に係る発明の技術的範囲に属するとしつつも,控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使は権利濫用に当たると判断して,被控訴人の請求を全部認容した。控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。

 

(本件特許)

 被告の特許発明は、パケットサービスを支援する移動通信システムに関するものであり、特に無線リンク上のプロトコルデータユニットのヘッダーサイズを減少させて無線リソースを効率的に使用する方法及び装置に関するものであった。

 

(争点)

 本件の争点は下記の通りである。

争点1:本件各製品についての本件発明1の技術的範囲の属否

争点2:本件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5号)の成否

争点3:特許法104条の3第1項の規定による本件各発明に係る本件特許権の権利行使の制限の成否

争点4:本件各製品に係る本件特許権の消尽の有無

争点5:控訴人の本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約の成否

争点6:控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使の権利濫用の成否

争点7:損害額

 

(裁判所の判断)

1.前提事実

・本件各製品は,UMTS規格(Universal Mobile Telecommunications System)に準拠した製品である。UMTS規格は、第3世代移動通信システムないし第3世代携帯電話システム(3G)(Third Generation)の普及促進と付随する仕様の世界標準化を目的とする民間団体である3GPP(Third Generation Partnership Project)が策定した通信規格である。

・3GPPを結成した標準化団体の一つであるETSI(欧州電気通信標準化機構)は,知的財産権(IPR)の取扱いに関する方針として「IPRポリシー」を定めている。

・控訴人は本件特許の出願後(平成18年5月4日)、ETS1に対し、本件出願がUMTS規格に関連した必須IPR(知的財産権)であるか、又はそうなる可能性が高いことを知らせ、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(FRAND宣言)をした(平成19年8月7日)。

 その後、アップル社は、控訴人がアップル社の知的財産権を侵害するとして、米国において侵害訴訟を提起した。これに対し控訴人は、被控訴人が被控訴人製品を製造等する行為が本件特許を侵害するとして、仮処分の申立をした。

 アップル社と控訴人は本件特許に関するライセンス交渉を行い、控訴人はFRAND条件下でアップル社にライセンス提供する用意があるなどと述べた。

 アップル社は、控訴人に対し、控訴人のライセンス提示がFRAND条件に従ったものとアップル社において判断することができるようにするための情報を控訴人に開示するよう要請した。

 これに対し控訴人は、そのような情報を提供することなく、かつ、アップル社が提案したライセンス条件についても具体的な条件を示すことなく本件訴訟を提起するに至っている。

 

2.争点4(本件特許権の消尽の有無)

 本件特許権は消尽しているとの被控訴人の主張に対し、裁判所は、本件特許権は消尽していないとの判断をした。詳細は、以下の通りである。

() 特許権者又は専用実施権者(この項では,以下,単に「特許権者」という。)が,我が国において,特許製品の生産にのみ用いる物(第三者が生産し,譲渡する等すれば特許法101条1号に該当することとなるもの。以下「1号製品」という。)を譲渡した場合には,当該1号製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該1号製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該1号製品がそのままの形態を維持する限りにおいては,当該1号製品について特許権を行使することは許されないと解される。しかし,その後,第三者が当該1号製品を用いて特許製品を生産した場合においては,特許発明の技術的範囲に属しない物を用いて新たに特許発明の技術的範囲に属する物が作出されていることから,当該生産行為や,特許製品の使用,譲渡等の行為について,特許権の行使が制限されるものではないとするのが相当である(BBS最高裁判決(最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁),最判平成19年11月8日・民集61巻8号2989頁参照)。

 なお,このような場合であっても,特許権者において,当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認められる場合には,特許権の効力は,当該1号製品を用いた特許製品の生産や,生産された特許製品の使用,譲渡等には及ばないとするのが相当である。

 そして,この理は,我が国の特許権者(関連会社などこれと同視するべき者を含む。)が国外において1号製品を譲渡した場合についても,同様に当てはまると解される(BBS最高裁判決(最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁参照))。」

 

 また、1号製品を譲渡した者が,特許権者からその許諾を受けた通常実施権者(1号製品のみの譲渡を許諾された者を含む。)である場合には、以下の通り判示した。

「1号製品を譲渡した者が通常実施権者である場合にも,前記()と同様に,特許権の効力は,当該1号製品の使用,譲渡等には及ばないが,他方,当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われた場合には,生産行為や,生産された特許製品の使用,譲渡等についての特許権の行使が制限されるものではないと解される。さらには,1号製品を譲渡した者が通常実施権者である場合であっても,特許権者において,当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認められる場合には,前記()と同様に,特許権の効力は,当該1号製品を用いた特許製品の生産や,生産された特許製品の使用,譲渡等には及ばない。

 このように黙示に承諾をしたと認められるか否かの判断は,特許権者について検討されるべきものではあるが,1号製品を譲渡した通常実施権者が,特許権者から,その後の第三者による1号製品を用いた特許製品の生産を承諾する権限まで付与されていたような場合には,黙示に承諾をしたと認められるか否かの判断は,別途,通常実施権者についても検討することが必要となる。

 なお,この理は,我が国の特許権者(関連会社などこれと同視するべき者を含む。)からその許諾を受けた通常実施権者が国外において1号製品を譲渡した場合についても,同様に当てはまると解される。」

 

 その上で、本件については、控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約は,平成21年6月30日に契約期間満了により終了しており,また,終了していないとしても,契約の対象になるものではないから,本件特許権が消尽した旨の被控訴人の主張は前提において失当であるとした。

 

3.争点5(ライセンス契約の成否)

(1) 準拠法について

 裁判所はまず本件が適用される準拠法について、日本法が適用されるとした第1審判決とは異なり、フランス法が適用されると判断した。

「本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約の成否は,その法律関係の性質が法律行為の成立及び効力に関する問題であるから,通則法7条によってその準拠法が定められると解するのが相当である。

 そして,ETSIのIPRポリシーには,「このポリシーは,フランス法に準拠する。」との規定があること・・・,本件FRAND宣言にも,その有効性等はフランス法に準拠するとの文言が含まれていること・・・からすると,「当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法」(通則法7条)は,フランス法であると解される

 

(2) ライセンス契約の成否

 フランス法においては,ライセンス契約が成立するためには,少なくともライセンス契約の申込みと承諾が必要とされるところ,本件FRAND宣言については,フランス法上,ライセンス契約の申込みであると解することはできない、と判断した。

 

4.争点6(本件特許権の行使の権利濫用の有無)

(1) 準拠法について

 準拠法は、通則法17条により日本法が適用されるとした。

 

(2) FRAND宣言がされた場合の損害賠償請求について

 先ず、「被控訴人による本件製品2及び4の製造・販売等は,本件発明1の技術的範囲に属し,本件特許権については,無効理由がなく,消尽しておらず,ライセンス契約は成立していないから,控訴人は損害の賠償を請求することができることになる。」とした上で、損害賠償請求が許容される範囲について以下の通り判示した。

 

() FRAND宣言された必須特許(以下,FRAND宣言された特許一般を指す語として「必須宣言特許」を用いる。)に基づく損害賠償請求においては,FRAND条件によるライセンス料相当額を超える請求を許すことは,当該規格に準拠しようとする者の信頼を損なうとともに特許発明を過度に保護することとなり,特許発明に係る技術の社会における幅広い利用をためらわせるなどの弊害を招き,特許法の目的である「産業の発達」(同法1条)を阻害するおそれがあり合理性を欠くものといえる。

 すなわち,ある者が,標準規格に準拠した製品の製造,販売等を試みる場合,当該規格を定めた標準化団体の知的財産権の取扱基準を参酌して,必須特許についてFRAND宣言する義務を構成員に課している等,将来,必須特許についてFRAND条件によるライセンスが受けられる条件が整っていることを確認した上で,投資をし,標準規格に準拠した製品等の製造・販売を行う。仮に,後に必須宣言特許に基づいてFRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求を許容することがあれば,FRAND条件によるライセンスが受けられると信頼して当該標準規格に準拠した製品の製造・販売を企図し,投資等をした者の合理的な信頼を損なうことになる。必須宣言特許の保有者は,当該標準規格の利用者に当該必須宣言特許が利用されることを前提として,自らの意思で,FRAND条件でのライセンスを行う旨宣言していること,標準規格の一部となることで幅広い潜在的なライセンシーを獲得できることからすると,必須宣言特許の保有者にFRAND条件でのライセンス料相当額を超えた損害賠償請求を許容することは,必須宣言特許の保有者に過度の保護を与えることになり,特許発明に係る技術の幅広い利用を抑制させ,特許法の目的である「産業の発達」(同法1条)を阻害することになる。

() 一方,必須宣言特許に基づく損害賠償請求であっても,FRAND条件によるライセンス料相当額の範囲内にある限りにおいては,その行使を制限することは,発明への意欲を削ぎ,技術の標準化の促進を阻害する弊害を招き,同様に特許法の目的である「産業の発達」(同法1条)を阻害するおそれがあるから,合理性を欠くというべきである。標準規格に準拠した製品を製造,販売しようとする者は,FRAND条件でのライセンス料相当額の支払は当然に予定していたと考えられるから,特許権者が,FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内で損害賠償金の支払を請求する限りにおいては,当該損害賠償金の支払は,標準規格に準拠した製品を製造,販売する者の予測に反するものではない。

 また,FRAND宣言の目的,趣旨に照らし,同宣言をした特許権者は,FRAND条件によるライセンス契約を締結する意思のある者に対しては,差止請求権を行使することができないという制約を受けると解すべきである(当裁判所においても,控訴人が被控訴人に対して本件特許権に基づく差止請求権を被保全債権として,本件製品2及び4に加えて「iPhone4S」の販売等の差止等を請求した仮処分事件(本件仮処分の申立て及び別件仮処分の申立ての抗告審。当庁平成25年(ラ)第10007号,同10008号事件)において,控訴人の申立てを却下した原審決定を維持する旨の決定をした。)。FRAND宣言をした特許権者における差止請求権を行使することができないという上記制約を考慮するならば,FRAND条件でのライセンス料相当額の損害賠償請求を認めることこそが,発明の公開に対する対価として極めて重要な意味を有するものであるから,これを制限することは慎重であるべきといえる。

 

 さらに、裁判所は、「FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求」と「FRAND条件でのライセンス料相当額による損害賠償請求」に分けて、以下の通り判断した。

 

・FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求

「UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等するのに必須となる特許権のうち,少なくともETSIの会員が保有するものについては,ETSIのIPRポリシー4.1項等に応じて適時に必要な開示がされるとともに,同ポリシー6.1項等によってFRAND宣言をすることが要求されていることを認識しており,特許権者とのしかるべき交渉の結果,将来,FRAND条件によるライセンスを受けられるであろうと信頼するが,その信頼は保護に値するというべきである。したがって,本件FRAND宣言がされている本件特許についてFRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求権の行使を許容することは,このような期待を抱いてUMTS規格に準拠した製品を製造,販売する者の信頼を害することになる。

 必須宣言特許を保有する者は,UMTS規格に準拠する者のかかる期待を背景に,UMTS規格の一部となった本件特許を含む特許権が全世界の多数の事業者等によって幅広く利用され,それに応じて,UMTS規格の一部とならなければ到底得られなかったであろう規模のライセンス料収入が得られるという利益を得ることができる。また,本件FRAND宣言を含めてETSIのIPRポリシーの要求するFRAND宣言をした者については,自らの意思で取消不能なライセンスをFRAND条件で許諾する用意がある旨を宣言しているのであるから,FRAND条件でのライセンス料相当額を超えた損害賠償請求権を許容する必要性は高くないといえる。

 したがって,FRAND宣言をした特許権者が,当該特許権に基づいて,FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求をする場合,そのような請求を受けた相手方は,特許権者がFRAND宣言をした事実を主張,立証をすれば,ライセンス料相当額を超える請求を拒むことができると解すべきである。」

 

 但し、裁判所は、FRAND条件を超えるライセンス料の要求について、例外的に許容すべき特段の事情が存在する場合についても述べている。

「 これに対し,特許権者が,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない等の特段の事情が存することについて主張,立証をすれば,FRAND条件でのライセンス料を超える損害賠償請求部分についても許容されるというべきである。そのような相手方については,そもそもFRAND宣言による利益を受ける意思を有しないのであるから,特許権者の損害賠償請求権がFRAND条件でのライセンス料相当額に限定される理由はない。もっとも,FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求を許容することは,前記のとおりの弊害が存することに照らすならば,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの特段の事情は,厳格に認定されるべきである」

 

・FRAND条件でのライセンス料相当額による損害賠償請求

FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求については,必須宣言特許による場合であっても,制限されるべきではないといえる。

 すなわち,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,FRAND条件でのライセンス料相当額については,将来支払うべきことを想定して事業を開始しているものと想定される。また,ETSIのIPRポリシーの3.2項は「IPRの保有者は・・・IPRの使用につき適切かつ公平に補償を受ける」(IPRholders should be adequately and fairly rewarded for the use of their IPRs[.])ことをもETSIのIPRポリシーの目的の一つと定めており,特許権者に対する適切な補償を確保することは,この点からも要請されているものである。

 ただし,FRAND宣言に至る過程やライセンス交渉過程等で現れた諸般の事情を総合した結果,当該損害賠償請求権が発明の公開に対する対価として重要な意味を有することを考慮してもなお,ライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求を許すことが著しく不公正であると認められるなど特段の事情が存することについて,相手方から主張立証がされた場合には,権利濫用としてかかる請求が制限されることは妨げられないというべきである。」

 

 そして、本件については、FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲では損害賠償請求権が認められると判示した。

 

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140523142234.pdf