知財高裁平成25年11月12日判決 平成24(行ケ)10377 核酸の増幅法およびこれを利用した変異核酸の検出法事件
・請求棄却
・栄研化学株式会社 対 独立行政法人理化学研究所、株式会社ダナフォーム
・29条2項、進歩性、容易想到性
(経緯)
被告らは,本件特許(発明の名称:核酸の増幅法およびこれを利用した変異核酸の検出法、特許3897805号)の特許権者である。
原告の栄研化学株式会社は、請求項1~13、16~27について無効審判請求(無効2011-800261号)をしたが,特許庁は,特許有効の審決をした。
本件は、審決に不服の原告がその取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。
(本件特許発明)
本件特許発明は、以下の通りである。
【請求項1】
標的核酸配列を増幅しうる少なくとも二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,
前記プライマーセットに含まれる第1のプライマーが,標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるものであり,
前記プライマーセットに含まれる第2のプライマーが,前記標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるものである,
プライマーセット。
(引用発明)
刊行物1に記載の引用発明1は、以下の通りである。
標的核酸配列を増幅しうる二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,
プライマーLabi1は,HIVウイルスのGAG遺伝子の配列に特異的にハイブリダイズする26ヌクレオチドの部分及びプライマーの5’側に位置するヘアピンを形成できる50ヌクレオチドのパリンドローム部分から構成されており,
第2のプライマーであるLabi2は,Labi1と同様に構成されており,28塩基のHIV特異的部分が60塩基離れた配列と相補的であり,かつ逆方向を向いているものである,プライマーセット。
また、刊行物2には、TP–TPプライマーセットが開示されている(引用発明2)。
(審決)
審決は、本件発明と引用発明1の相違点として、第1のプライマーが,本件発明1ではTPであるのに対して,引用発明1ではFPである点を認定し、引用発明1に引用発明2のプライマーを適用することにより容易想到でない、とするものである。
(争点)
争点は、引用発明1に引用発明2のプライマーを適用することが容易想到か否かである。
(裁判所の判断)
1.容易想到性の判断
裁判所は、引用発明1に関し、以下の通り認定した。
「引用発明1は,プログラム可能な熱サイクラーを使用せずにHIVウイルスの検出ができる遺伝子増幅方法であって,標的DNAの特異的部分及びこのプライマーを「ヘアピン」状の構造に適合させることのできるパリンドローム(回文)配列を含む部分を有するFPを2つセットで用いることを特徴とする方法を開示するものである。
・・・
引用発明1においては,DNAポリメラーゼに対する加熱が行われるものの,・・・刊行物1に,2回の数秒間ほどの短い熱処理は,耐熱性でないポリメラーゼを用いても,重要な酵素活性を残存させ,安価な非耐熱性ポリメラーゼを大量導入することもできると記載されており,また,本件発明1の優先権主張日当時,既にPCR法が実用化されていたことからして,耐熱性DNAポリメラーゼも容易に入手できる状態にあったことが明らかであることに鑑みれば,引用発明1においてその加熱工程を更に減らそうとする技術的要請があるとは認められない。また,1回目の加熱は,鋳型となる核酸を鋳型として利用できるように一本鎖にするための工程であって,いずれの核酸増幅反応においても通常行われるものであり,これをも等温化して,引用発明1を完全な等温反応にできるわけではないことに照らすと,当業者が,引用発明1のうち2回目の加熱工程を等温化することに格別の技術的意義を見出すものと解することはできない。
そうすると,引用発明1においては,2回の加熱工程は,増幅反応の前処理であって,プログラムや繰返しが不要な単発的な処理にすぎないものということができ,核酸増幅反応自体を等温反応とし,プログラム可能な熱サイクラーを不要とすることが達成されているといえる。したがって,引用発明1には更に等温化を進めるという課題が内在するとはいえない。」
そして、引用発明1に引用発明2のプライマーを適用することの容易想到性については、以下の通り判断した。
「仮に,引用発明1において2回目の加熱工程をなくすという課題が内在すると評価したとしても,加熱せずに鋳型核酸からFPによる増幅反応生成物を解離させる手段としては,引用発明2のTPを用いること以外に,標準プライマーやアルカリ変性などのより一般的な手段が既に存在する。そして,刊行物1及び2のいずれについても,引用発明1のプライマーセットの一方のFPをTPに置換することについての示唆はない上,そもそも引用発明1は,FP-FPのプライマーを対として用いることで,定温反応を進めるという点に特徴を有するものであるから,格別の示唆がない限り,当業者が一方のFPをFP以外のものとするとの技術思想に容易に思い到ることはないと解される。」
「加えて,引用発明2のTPは,標的核酸にハイブリダイズする領域を2箇所(本件発明1でいう「標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)」と「標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)」)必要とするため設計の自由度が低い上,平衡状態を利用して増幅反応を行うことから,その配列に応じて狭い範囲の反応最適温度を設定する必要があるため,標的核酸にハイブリダイズする領域が1箇所である標準プライマーや,配列に依存しない化学的処理であるアルカリ変性と比較して使用には相当の技術的困難性が伴うものである。したがって,引用発明1において等温反応をより完成させるという課題が見出せたとしても,その解決のためにあえて引用発明2のTPを採用することが容易とは考えられない。」
その結果、「引用発明1において,一方のFPを引用発明2のTPに置換することについての課題や動機は存在しないというべきであり,したがって,当業者が本件発明1に係る構成を想到することが容易であったということはできない。」と判断した。
2.審決における進歩性判断について
原告は,審決の引用発明1の問題点の摘示について,審決がこれらの問題を認定した根拠は,引用発明1と同様の原理の増幅反応を開示するものの,刊行物1よりも3年以上前に出願がなされた刊行物4に記載の核酸増幅法についての問題点を指摘する特許第3313358号公報の記載であるから不当であるとの主張をした。
この点に関し、裁判所は、「確かに,審決が引用発明1の問題点を指摘するに当たり基礎とした甲23の文献は,甲23の出願日である平成11年11月8日当時の技術水準からみた刊行物4・・・記載の核酸増幅法の問題点を認識させるものであって,刊行物1に記載された事項及び本件発明1の出願時における技術常識を基礎とするものではない。そして,核酸増幅技術が急速に進展していることは,当業者にとって明らかであり,このことを考慮すると,甲23に記載の問題点は,本件発明1の出願時・・・の技術常識を参酌して刊行物1・・・の記載内容から把握できる事項とは異なっている可能性もあることから,その判断手法は適切さを欠いたものといわざるを得ない。
さらに,原告の指摘するとおり,引用発明1において審決の指摘するプライマーダイマーの問題点が存在するということはできず,この点においても審決の判断は誤りを含むものである。」と判示した。
しかし裁判所は、FP-FPのプライマーセットを開示した刊行物1に,審決が指摘するような問題がないとしても,引用発明1と引用発明2との組合せにより本件発明の進歩性を否定するには,引用発明1のFPの一方をTPに置換する動機付けがなければならず、両者の組合せを当業者が容易になし得たこととはいえないから,審決における上記の誤り等は,審決の結論に影響を及ぼすものではないと判断した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131125105309.pdf
知財高裁平成25年11月12日判決 平成24(行ケ)10377 核酸の増幅法およびこれを利用した変異核酸の検出法事件
・請求棄却
・栄研化学株式会社 対 独立行政法人理化学研究所、株式会社ダナフォーム
・29条2項、進歩性、容易想到性
(経緯)
被告らは,本件特許(発明の名称:核酸の増幅法およびこれを利用した変異核酸の検出法、特許3897805号)の特許権者である。
原告の栄研化学株式会社は、請求項1~13、16~27について無効審判請求(無効2011-800261号)をしたが,特許庁は,特許有効の審決をした。
本件は、審決に不服の原告がその取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。
(本件特許発明)
本件特許発明は、以下の通りである。
【請求項1】
標的核酸配列を増幅しうる少なくとも二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,
前記プライマーセットに含まれる第1のプライマーが,標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)を3’末端部分に含んでなり,かつ前記標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B’)を前記配列(Ac’)の5’側に含んでなるものであり,
前記プライマーセットに含まれる第2のプライマーが,前記標的核酸配列の相補配列の3’末端部分の配列(C)にハイブリダイズする配列(Cc’)を3’末端部分に含んでなり,かつ相互にハイブリダイズする2つの核酸配列を同一鎖上に含む折返し配列(D-Dc’)を前記配列(Cc’)の5’側に含んでなるものである,
プライマーセット。
(引用発明)
刊行物1に記載の引用発明1は、以下の通りである。
標的核酸配列を増幅しうる二種のプライマーを含んでなるプライマーセットであって,
プライマーLabi1は,HIVウイルスのGAG遺伝子の配列に特異的にハイブリダイズする26ヌクレオチドの部分及びプライマーの5’側に位置するヘアピンを形成できる50ヌクレオチドのパリンドローム部分から構成されており,
第2のプライマーであるLabi2は,Labi1と同様に構成されており,28塩基のHIV特異的部分が60塩基離れた配列と相補的であり,かつ逆方向を向いているものである,プライマーセット。
また、刊行物2には、TP–TPプライマーセットが開示されている(引用発明2)。
(審決)
審決は、本件発明と引用発明1の相違点として、第1のプライマーが,本件発明1ではTPであるのに対して,引用発明1ではFPである点を認定し、引用発明1に引用発明2のプライマーを適用することにより容易想到でない、とするものである。
(争点)
争点は、引用発明1に引用発明2のプライマーを適用することが容易想到か否かである。
(裁判所の判断)
1.容易想到性の判断
裁判所は、引用発明1に関し、以下の通り認定した。
「引用発明1は,プログラム可能な熱サイクラーを使用せずにHIVウイルスの検出ができる遺伝子増幅方法であって,標的DNAの特異的部分及びこのプライマーを「ヘアピン」状の構造に適合させることのできるパリンドローム(回文)配列を含む部分を有するFPを2つセットで用いることを特徴とする方法を開示するものである。
・・・
引用発明1においては,DNAポリメラーゼに対する加熱が行われるものの,・・・刊行物1に,2回の数秒間ほどの短い熱処理は,耐熱性でないポリメラーゼを用いても,重要な酵素活性を残存させ,安価な非耐熱性ポリメラーゼを大量導入することもできると記載されており,また,本件発明1の優先権主張日当時,既にPCR法が実用化されていたことからして,耐熱性DNAポリメラーゼも容易に入手できる状態にあったことが明らかであることに鑑みれば,引用発明1においてその加熱工程を更に減らそうとする技術的要請があるとは認められない。また,1回目の加熱は,鋳型となる核酸を鋳型として利用できるように一本鎖にするための工程であって,いずれの核酸増幅反応においても通常行われるものであり,これをも等温化して,引用発明1を完全な等温反応にできるわけではないことに照らすと,当業者が,引用発明1のうち2回目の加熱工程を等温化することに格別の技術的意義を見出すものと解することはできない。
そうすると,引用発明1においては,2回の加熱工程は,増幅反応の前処理であって,プログラムや繰返しが不要な単発的な処理にすぎないものということができ,核酸増幅反応自体を等温反応とし,プログラム可能な熱サイクラーを不要とすることが達成されているといえる。したがって,引用発明1には更に等温化を進めるという課題が内在するとはいえない。」
そして、引用発明1に引用発明2のプライマーを適用することの容易想到性については、以下の通り判断した。
「仮に,引用発明1において2回目の加熱工程をなくすという課題が内在すると評価したとしても,加熱せずに鋳型核酸からFPによる増幅反応生成物を解離させる手段としては,引用発明2のTPを用いること以外に,標準プライマーやアルカリ変性などのより一般的な手段が既に存在する。そして,刊行物1及び2のいずれについても,引用発明1のプライマーセットの一方のFPをTPに置換することについての示唆はない上,そもそも引用発明1は,FP-FPのプライマーを対として用いることで,定温反応を進めるという点に特徴を有するものであるから,格別の示唆がない限り,当業者が一方のFPをFP以外のものとするとの技術思想に容易に思い到ることはないと解される。」
「加えて,引用発明2のTPは,標的核酸にハイブリダイズする領域を2箇所(本件発明1でいう「標的核酸配列の3’末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(Ac’)」と「標的核酸配列において前記配列(A)よりも5’側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)」)必要とするため設計の自由度が低い上,平衡状態を利用して増幅反応を行うことから,その配列に応じて狭い範囲の反応最適温度を設定する必要があるため,標的核酸にハイブリダイズする領域が1箇所である標準プライマーや,配列に依存しない化学的処理であるアルカリ変性と比較して使用には相当の技術的困難性が伴うものである。したがって,引用発明1において等温反応をより完成させるという課題が見出せたとしても,その解決のためにあえて引用発明2のTPを採用することが容易とは考えられない。」
その結果、「引用発明1において,一方のFPを引用発明2のTPに置換することについての課題や動機は存在しないというべきであり,したがって,当業者が本件発明1に係る構成を想到することが容易であったということはできない。」と判断した。
2.審決における進歩性判断について
原告は,審決の引用発明1の問題点の摘示について,審決がこれらの問題を認定した根拠は,引用発明1と同様の原理の増幅反応を開示するものの,刊行物1よりも3年以上前に出願がなされた刊行物4に記載の核酸増幅法についての問題点を指摘する特許第3313358号公報の記載であるから不当であるとの主張をした。
この点に関し、裁判所は、「確かに,審決が引用発明1の問題点を指摘するに当たり基礎とした甲23の文献は,甲23の出願日である平成11年11月8日当時の技術水準からみた刊行物4・・・記載の核酸増幅法の問題点を認識させるものであって,刊行物1に記載された事項及び本件発明1の出願時における技術常識を基礎とするものではない。そして,核酸増幅技術が急速に進展していることは,当業者にとって明らかであり,このことを考慮すると,甲23に記載の問題点は,本件発明1の出願時・・・の技術常識を参酌して刊行物1・・・の記載内容から把握できる事項とは異なっている可能性もあることから,その判断手法は適切さを欠いたものといわざるを得ない。
さらに,原告の指摘するとおり,引用発明1において審決の指摘するプライマーダイマーの問題点が存在するということはできず,この点においても審決の判断は誤りを含むものである。」と判示した。
しかし裁判所は、FP-FPのプライマーセットを開示した刊行物1に,審決が指摘するような問題がないとしても,引用発明1と引用発明2との組合せにより本件発明の進歩性を否定するには,引用発明1のFPの一方をTPに置換する動機付けがなければならず、両者の組合せを当業者が容易になし得たこととはいえないから,審決における上記の誤り等は,審決の結論に影響を及ぼすものではないと判断した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131125105309.pdf