知財高裁 平成25年3月29日判決 平成24年(行ケ)10312号 液体インク収納容器事件
・請求棄却
・エステー産業株式会社、株式会社プレジール 対 キャノン株式会社
・29条2項、36条4項1号、36条6項1号、2号 進歩性、容易想到性、実施可能要件、サポート要件、明確性要件
(経緯)
被告は,発明の名称を「液体インク収納容器,液体インク供給システムおよび液体インク収納カートリッジ」とする特許第3793216号(本件特許)の特許権者である。
原告らは,本件特許の請求項1及び3に係る発明について無効審判の請求(無効2011-800230号)をしたが、特許庁は,本件特許の有効審決をした。本件は,当該審決に不服の原告らがその取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。
(本件発明)
本件発明1は以下の通りである(本件発明2については省略)。
【請求項1】
複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと,
該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,
前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,
搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,
前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,
少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と,
前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,
前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と,
を有することを特徴とする液体インク収納容器。
(争点)
本件の争点は、下記の通りである。
1.本件発明1の容易想到性の判断の誤り
2.本件発明2の容易想到性の判断の誤り
3.サポート要件違反
4.実施可能要件違反
5.明確性要件違反
(裁判所の判断)
上記争点のうち、サポート要件違反、実施可能要件違反、明確性違反について、裁判所は以下の通り判断している。
1.サポート要件違反
原告は、本件発明1、2が「N-1型プリンタ」という特定の構成を有する製品を含むか否かに関し、サポート要件違反の問題であり、審決はこれを看過して判断していると主張した。
「N-1型プリンタ」については、原告の主張によれば、受光部が,誤装着の検出対象となる全N個のインクタンクのうち「N-1個」と入れ替わって対向する,「N-1個対向」のプリンタのことを意味するとしている。
この主張に対し、裁判所は、サポート要件を規定する36条6項1号に関し、以下の通り判示した。
「いわゆるサポート要件に関する特許法36条6項1号は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,特許制度の趣旨に反することになるから,これを防止する趣旨で,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定するものである。そして,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるものである。」
そして、本件については、「「N-1型プリンタ」という特定の構成を有する製品が,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に含まれるか否か,発明の詳細な説明に記載されているか否かは,当該特許請求の範囲の記載のサポート要件充足性の問題には当たらない」と判断した。その結果、審決の判断には誤りがないとした。
2.実施可能要件違反
実施可能要件違反の有無に関し、原告らは,本件発明1及び3に含まれる「N-1型プリンタ」が実施可能か否かを検討することなく,実施可能要件違反とは関係のないこととした審決の判断は誤りであると主張した。
この主張に対し、裁判所は、実施可能要件を規定する36条4項1号に関し、以下の通り判示した。
「いわゆる実施可能要件に関する特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明に基づいて当業者が実施できない発明に対して,独占的,排他的な権利を付与することは,一般大衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,特許制度の趣旨に反することとなるから,これを防止する趣旨で設けられたものである。 」
そして、本件については、「実施可能要件充足性は,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,発明が解決しようとする課題,解決手段,その他の発明の技術上の意義を理解するために必要な情報が記載されているか否かによって判断されるべきものであり,「N-1型プリンタ」という特定の構成を有する製品が本件明細書の請求項1及び3に含まれるか否かや「N-1型プリンタ」が発明の詳細な説明に基づいて実施可能か否かは,実施可能要件充足性の問題には当たらない」と判断した。その結果、審決の判断には誤りがないとした。
3.明確性要件違反
明確性要件違反の有無に関し、原告らは,本件発明1は,インクタンクの発明でありながら,それが用いられるプリンタの構成を請求項に詳細に規定することによりインクタンクの構成を特定するものとなっており,組み合わせるプリンタ側の構成によって,構成要件充足性を異にし,明確性を欠くと主張した。
この主張に対し、裁判所は、明確性要件を規定する36条6項2号に関し、以下の通り判示した。
「いわゆる明確性要件に関する特許法36条6項2号は,特許請求の範囲が,特許権の権利範囲がこれによって確定されるという点において重要な意義を有するものであり,特許請求の範囲に記載された発明が明確に把握できないときには権利の及ぶ範囲が第三者に不明確となり不測の不利益を及ぼすこととなるから,これを防止する趣旨で設けられたものである。 」
そして、本件については、「明確性要件充足性は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載から,本件発明1の発明概念が明確に特定されるか否かによって判断されるべきものであり,請求項にプリンタの構成を規定することにより,プリンタ側の構成によって構成要件充足性が異なるとしても,そのことによって発明の明確性を欠くとはいえず,この点は,通常使用されるプリンタの種類の多寡によって変わるものではない。審決は,通常,装着して使用すべき記録装置(プリンタ)の種類の数に言及しつつも,結局,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載から,組み合わされる記録装置との関係で,本件発明1の発明概念が明確に特定される旨判断しているのであって,その論理に誤りがあるとはいえない」と判断した。
本件は、サポート要件、実施可能要件の充足性を判断するに際し、特定の構成の製品が特許請求の範囲に含まれるか否か、発明の詳細な説明に記載されているか否かは判断基準にならないとしたものである。
また、明確性要件については、特許請求の範囲に記載の発明を特定する際に、それが用いられる装置の構成によって特定しても違反にはならないと判断したものである。この点に関し、例えば、審査基準においても「「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他の様々な表現方式を用いることができる。」と規定されており(審査基準2.2.2.2(1))、妥当な判断といえる。
尚、EPOでは、その審査ガイドラインにおいて、別体によるクレーム発明の特定が明確性欠如となり得るとされており、日本との実務上の違いが見られるところである(Chapter IV 4.14)。
(判決文)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130404105457.pdf
知財高裁 平成25年3月29日判決 平成24年(行ケ)10312号 液体インク収納容器事件
・請求棄却
・エステー産業株式会社、株式会社プレジール 対 キャノン株式会社
・29条2項、36条4項1号、36条6項1号、2号 進歩性、容易想到性、実施可能要件、サポート要件、明確性要件
(経緯)
被告は,発明の名称を「液体インク収納容器,液体インク供給システムおよび液体インク収納カートリッジ」とする特許第3793216号(本件特許)の特許権者である。
原告らは,本件特許の請求項1及び3に係る発明について無効審判の請求(無効2011-800230号)をしたが、特許庁は,本件特許の有効審決をした。本件は,当該審決に不服の原告らがその取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。
(本件発明)
本件発明1は以下の通りである(本件発明2については省略)。
【請求項1】
複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと,
該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,
前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,
搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,
前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,
少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と,
前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,
前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と,
を有することを特徴とする液体インク収納容器。
(争点)
本件の争点は、下記の通りである。
1.本件発明1の容易想到性の判断の誤り
2.本件発明2の容易想到性の判断の誤り
3.サポート要件違反
4.実施可能要件違反
5.明確性要件違反
(裁判所の判断)
上記争点のうち、サポート要件違反、実施可能要件違反、明確性違反について、裁判所は以下の通り判断している。
1.サポート要件違反
原告は、本件発明1、2が「N-1型プリンタ」という特定の構成を有する製品を含むか否かに関し、サポート要件違反の問題であり、審決はこれを看過して判断していると主張した。
「N-1型プリンタ」については、原告の主張によれば、受光部が,誤装着の検出対象となる全N個のインクタンクのうち「N-1個」と入れ替わって対向する,「N-1個対向」のプリンタのことを意味するとしている。
この主張に対し、裁判所は、サポート要件を規定する36条6項1号に関し、以下の通り判示した。
「いわゆるサポート要件に関する特許法36条6項1号は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,特許制度の趣旨に反することになるから,これを防止する趣旨で,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定するものである。そして,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるものである。」
そして、本件については、「「N-1型プリンタ」という特定の構成を有する製品が,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に含まれるか否か,発明の詳細な説明に記載されているか否かは,当該特許請求の範囲の記載のサポート要件充足性の問題には当たらない」と判断した。その結果、審決の判断には誤りがないとした。
2.実施可能要件違反
実施可能要件違反の有無に関し、原告らは,本件発明1及び3に含まれる「N-1型プリンタ」が実施可能か否かを検討することなく,実施可能要件違反とは関係のないこととした審決の判断は誤りであると主張した。
この主張に対し、裁判所は、実施可能要件を規定する36条4項1号に関し、以下の通り判示した。
「いわゆる実施可能要件に関する特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明に基づいて当業者が実施できない発明に対して,独占的,排他的な権利を付与することは,一般大衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,特許制度の趣旨に反することとなるから,これを防止する趣旨で設けられたものである。 」
そして、本件については、「実施可能要件充足性は,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,発明が解決しようとする課題,解決手段,その他の発明の技術上の意義を理解するために必要な情報が記載されているか否かによって判断されるべきものであり,「N-1型プリンタ」という特定の構成を有する製品が本件明細書の請求項1及び3に含まれるか否かや「N-1型プリンタ」が発明の詳細な説明に基づいて実施可能か否かは,実施可能要件充足性の問題には当たらない」と判断した。その結果、審決の判断には誤りがないとした。
3.明確性要件違反
明確性要件違反の有無に関し、原告らは,本件発明1は,インクタンクの発明でありながら,それが用いられるプリンタの構成を請求項に詳細に規定することによりインクタンクの構成を特定するものとなっており,組み合わせるプリンタ側の構成によって,構成要件充足性を異にし,明確性を欠くと主張した。
この主張に対し、裁判所は、明確性要件を規定する36条6項2号に関し、以下の通り判示した。
「いわゆる明確性要件に関する特許法36条6項2号は,特許請求の範囲が,特許権の権利範囲がこれによって確定されるという点において重要な意義を有するものであり,特許請求の範囲に記載された発明が明確に把握できないときには権利の及ぶ範囲が第三者に不明確となり不測の不利益を及ぼすこととなるから,これを防止する趣旨で設けられたものである。 」
そして、本件については、「明確性要件充足性は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載から,本件発明1の発明概念が明確に特定されるか否かによって判断されるべきものであり,請求項にプリンタの構成を規定することにより,プリンタ側の構成によって構成要件充足性が異なるとしても,そのことによって発明の明確性を欠くとはいえず,この点は,通常使用されるプリンタの種類の多寡によって変わるものではない。審決は,通常,装着して使用すべき記録装置(プリンタ)の種類の数に言及しつつも,結局,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載から,組み合わされる記録装置との関係で,本件発明1の発明概念が明確に特定される旨判断しているのであって,その論理に誤りがあるとはいえない」と判断した。
本件は、サポート要件、実施可能要件の充足性を判断するに際し、特定の構成の製品が特許請求の範囲に含まれるか否か、発明の詳細な説明に記載されているか否かは判断基準にならないとしたものである。
また、明確性要件については、特許請求の範囲に記載の発明を特定する際に、それが用いられる装置の構成によって特定しても違反にはならないと判断したものである。この点に関し、例えば、審査基準においても「「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他の様々な表現方式を用いることができる。」と規定されており(審査基準2.2.2.2(1))、妥当な判断といえる。
尚、EPOでは、その審査ガイドラインにおいて、別体によるクレーム発明の特定が明確性欠如となり得るとされており、日本との実務上の違いが見られるところである(Chapter IV 4.14)。
(判決文)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130404105457.pdf