知財高裁平成25年06月06日判決 平成24(ネ)10094 パソコン等の器具の盗難防止用連結具事件
・控訴棄却
・有限会社ケイ・ワイ・ティ 対 サンワサプライ株式会社
・特許法100条1項、機能的クレームのクレーム解釈
(経緯)
控訴人(一審原告)の有限会社ケイ・ワイ・ティは、「パソコン等の器具の盗難防止用連結具」の特許発明(第3559501号)に係る特許権者である。被控訴人(一審被告)は被告各製品を販売等していたところ、控訴人は上記の特許権に基づきその差止めと損害賠償等を求め、訴えを提起した。
一審の大阪地裁(平成24年11月8日判決 平成23(ワ)10341号)は、被告各製品が本件特許権に係る発明の技術的範囲に属するものとはいえないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。本件は、原判決に不服の控訴人が知財高裁に控訴したものである。
(本件発明および被告製品)
本件発明1は以下の通りである。
Aパソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって、
B主プレートと補助プレートとを、スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され、
C主プレートは、ベース板と、該ベース板の先端に突設した差込片と、該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え、
D補助プレートは、主プレートに対して、前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と、該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに、差込片と重なり、逆向きにスライドさせたときに、差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え、
E主プレートと補助プレートには、補助プレートを前進スライドさせ、差込片と回止め片とを重ねた状態で、互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とする
Fパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
また、被告製品の構成は以下の通りである。
aパソコンの本体ケーシング(84’)に開設された盗難防止用のスリット(82′)に挿入される盗難防止用連結具であって、
b主プレート(20’)と補助部材(40’)とを、後記差込片(24’)と後記突起部(44’)の重なりが生じている間、該スリット(82’)への挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に、ずらすことができるように係合し且つ両プレート(20’)(40’)は分離不能に保持され、
c主プレート(20’)は、ベース板(22’)と、ベース板(22’)のうち前記盗難防止用連結具をスリットに挿入する際にスリット(82)に近くなる方の側に突設した差込片(24’)と、該差込片(24’)の先端に側方へ向けて突設された抜止め片(26’)とを具え、
d補助部材(40’)は、主プレート(20’)に対して、前記主プレート(20’)の差込片(24’)と補助部材(40’)に突設された突起部(44’)の重なりが生じている間、差込片(24’)の突出方向と近い距離を保って離れずにいる方向に、ずらすことができるように係合した回動板(42’)と、該回動板(42’)を差込片(24’)の突出方向にスライドさせたときに、差込片(24’)と重なり、逆向きにスライドさせたときに、差込片(24’)との重なりが外れるように突設された突起部(44’)とを具え、
e主プレート(20’)と補助部材(40’)には、差込片(24’)と突起部(44’)の重なりが生じている間、補助部材(40’)を、スリット(82’)への挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向にずらし、差込片(24’)と突起部(44’)とを重ねた状態で、互いに対応一致する係止部(28’)(48’)が形成されている
fパソコンの盗難防止用連結具。
(争点)
裁判所で判断された主な争点は、以下の通りである。
・構成要件Bの充足性
・構成要件Dの充足性
・構成要件Eの充足性
・均等侵害
(裁判所の判断)
上記争点のうち、構成要件Bの充足性については、以下の通り判断されている。
・本件発明1の構成要件B「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,」の意義について
控訴人は、原審において、主プレートと補助プレートをスライドさせる構成について,公知技術等,当業者が適宜採用しうるあらゆる構成が含まれるとした上,被告各製品の構成(主プレートと補助部材とを,ピンによって一端を枢結し,回動自在に結合する構成)もこれに含まれると主張していた。
さらに控訴審においては、「本件各特許発明は,少なくとも,回止め片が,差込片と重なっている範囲でスライドできるように,主プレートと補助プレートとを常時係合させ,分離不能に保持することで,上記課題解決を実現するものであり,この点に技術思想の中核があるから,主プレートと補助プレートとが「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」か否かは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるのであって,それ以外の場面においても「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」な構成である必要は全くなく,これと相反する原判決は誤りである」と主張した。
しかし、当該主張に対して、裁判所は、「発明の詳細な説明の中に,差込片と回止め片の重なりが失われない範囲内でのみ主プレートと補助プレートがスライド可能とする旨の記載もこれを示唆する技術的説明も一切されていない。そうすると,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」との構成は「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるとの控訴人の上記主張は,本件明細書に開示されておらず,その意味で本件明細書に基づかない技術構成を主張するものであって理由がない。」と判断した。
また、裁判所は、本件発明のような機能的クレームのクレーム解釈について、「特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。」と述べた。
その上で、本件については、「「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。」とした。
そして、被告各製品は、主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,本件明細書に開示された構成とは異なり、当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできないと判示した。
結論として、裁判所は被告各製品が構成要件Bを充足しないとの原審の判断を支持した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130610101956.pdf
知財高裁平成25年06月06日判決 平成24(ネ)10094 パソコン等の器具の盗難防止用連結具事件
・控訴棄却
・有限会社ケイ・ワイ・ティ 対 サンワサプライ株式会社
・特許法100条1項、機能的クレームのクレーム解釈
(経緯)
控訴人(一審原告)の有限会社ケイ・ワイ・ティは、「パソコン等の器具の盗難防止用連結具」の特許発明(第3559501号)に係る特許権者である。被控訴人(一審被告)は被告各製品を販売等していたところ、控訴人は上記の特許権に基づきその差止めと損害賠償等を求め、訴えを提起した。
一審の大阪地裁(平成24年11月8日判決 平成23(ワ)10341号)は、被告各製品が本件特許権に係る発明の技術的範囲に属するものとはいえないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。本件は、原判決に不服の控訴人が知財高裁に控訴したものである。
(本件発明および被告製品)
本件発明1は以下の通りである。
Aパソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって、
B主プレートと補助プレートとを、スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され、
C主プレートは、ベース板と、該ベース板の先端に突設した差込片と、該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え、
D補助プレートは、主プレートに対して、前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と、該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに、差込片と重なり、逆向きにスライドさせたときに、差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え、
E主プレートと補助プレートには、補助プレートを前進スライドさせ、差込片と回止め片とを重ねた状態で、互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とする
Fパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
また、被告製品の構成は以下の通りである。
aパソコンの本体ケーシング(84’)に開設された盗難防止用のスリット(82′)に挿入される盗難防止用連結具であって、
b主プレート(20’)と補助部材(40’)とを、後記差込片(24’)と後記突起部(44’)の重なりが生じている間、該スリット(82’)への挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に、ずらすことができるように係合し且つ両プレート(20’)(40’)は分離不能に保持され、
c主プレート(20’)は、ベース板(22’)と、ベース板(22’)のうち前記盗難防止用連結具をスリットに挿入する際にスリット(82)に近くなる方の側に突設した差込片(24’)と、該差込片(24’)の先端に側方へ向けて突設された抜止め片(26’)とを具え、
d補助部材(40’)は、主プレート(20’)に対して、前記主プレート(20’)の差込片(24’)と補助部材(40’)に突設された突起部(44’)の重なりが生じている間、差込片(24’)の突出方向と近い距離を保って離れずにいる方向に、ずらすことができるように係合した回動板(42’)と、該回動板(42’)を差込片(24’)の突出方向にスライドさせたときに、差込片(24’)と重なり、逆向きにスライドさせたときに、差込片(24’)との重なりが外れるように突設された突起部(44’)とを具え、
e主プレート(20’)と補助部材(40’)には、差込片(24’)と突起部(44’)の重なりが生じている間、補助部材(40’)を、スリット(82’)への挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向にずらし、差込片(24’)と突起部(44’)とを重ねた状態で、互いに対応一致する係止部(28’)(48’)が形成されている
fパソコンの盗難防止用連結具。
(争点)
裁判所で判断された主な争点は、以下の通りである。
・構成要件Bの充足性
・構成要件Dの充足性
・構成要件Eの充足性
・均等侵害
(裁判所の判断)
上記争点のうち、構成要件Bの充足性については、以下の通り判断されている。
・本件発明1の構成要件B「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,」の意義について
控訴人は、原審において、主プレートと補助プレートをスライドさせる構成について,公知技術等,当業者が適宜採用しうるあらゆる構成が含まれるとした上,被告各製品の構成(主プレートと補助部材とを,ピンによって一端を枢結し,回動自在に結合する構成)もこれに含まれると主張していた。
さらに控訴審においては、「本件各特許発明は,少なくとも,回止め片が,差込片と重なっている範囲でスライドできるように,主プレートと補助プレートとを常時係合させ,分離不能に保持することで,上記課題解決を実現するものであり,この点に技術思想の中核があるから,主プレートと補助プレートとが「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」か否かは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるのであって,それ以外の場面においても「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」な構成である必要は全くなく,これと相反する原判決は誤りである」と主張した。
しかし、当該主張に対して、裁判所は、「発明の詳細な説明の中に,差込片と回止め片の重なりが失われない範囲内でのみ主プレートと補助プレートがスライド可能とする旨の記載もこれを示唆する技術的説明も一切されていない。そうすると,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」との構成は「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるとの控訴人の上記主張は,本件明細書に開示されておらず,その意味で本件明細書に基づかない技術構成を主張するものであって理由がない。」と判断した。
また、裁判所は、本件発明のような機能的クレームのクレーム解釈について、「特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。」と述べた。
その上で、本件については、「「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。」とした。
そして、被告各製品は、主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,本件明細書に開示された構成とは異なり、当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできないと判示した。
結論として、裁判所は被告各製品が構成要件Bを充足しないとの原審の判断を支持した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130610101956.pdf