東京地裁 平成25年2月28日判決 平成23年(ワ)38969号 データ送信方法事件
・請求認容
・Apple Japan合同会社 対 三星電子株式会社
・民法1条3項、権利の濫用、信義則、FRAND
(経緯)
本件は、原告が、原告製品の生産、譲渡、輸入等の行為は、被告の特許権(特許第4642898号)の侵害行為に当たらず、被告が原告の前記行為に係る本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求めた事案である。
(本件特許)
被告の特許発明は、パケットサービスを支援する移動通信システムに関するものであり、特に無線リンク上のプロトコルデータユニットのヘッダーサイズを減少させて無線リソースを効率的に使用する方法及び装置に関するものであった。
(争点)
本件の争点は下記の通りである。
①原告製品についての本件発明1の技術的範囲の属否(争点1)
②本件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号、5号)の成否(争点2)
③特許法104条の3第1項の規定による本件各発明に係る本件特許権の権利行使の制限の成否(争点3)
④本件各製品に係る本件特許権の消尽の有無(争点4)
⑤被告の本件FRAND宣言に基づくアップル社と被告間の本件特許権のライセンス契約の成否(争点5)
⑥被告による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使の権利濫用の成否(争点6)である。
(裁判所の判断)
上記争点のうち、裁判所は争点1及び争点6について判断した。争点6に関する判断は以下の通りである。
・前提事実
被告は本件特許の出願後(平成18年5月4日)、ETS1(欧州電気通信標準化機構)に対し、本件出願がUMTS規格に関連した必須IPR(知的財産権)であるか、又はそうなる可能性が高いことを知らせ、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(FRAND宣言)をした(平成19年8月7日)。
その後、アップル社は、被告がアップル社の知的財産権を侵害するとして、米国において侵害訴訟を提起した。これに対し被告は、原告が原告製品を製造等する行為が本件特許を侵害するとして、仮処分の申立をした。
アップル社と被告は本件特許に関するライセンス交渉を行い、被告はFRAND条件下でアップル社にライセンス提供する用意があるなどと述べた。
アップル社は、被告に対し、被告のライセンス提示がFRAND条件に従ったものとアップル社において判断することができるようにするための情報を被告に開示するよう要請した。
これに対し被告は、そのような情報を提供することなく、かつ、アップル社が提案したライセンス条件についても具体的な条件を示すことなく本件訴訟を提起するに至った。
・準拠法について
裁判所はまず本件が適用される準拠法について、以下のように判断した。
「本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権は、その法律関係の性質が不法行為であると解されるから、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)17条によってその準拠法が定められることになる。
そして、本件における「加害行為の結果が発生した地の法」(通則法17条)は、本件各製品の輸入、販売が行われた地が日本国内であること、我が国の特許法の保護を受ける本件特許権の侵害に係る損害が問題とされていることからすると、日本の法律と解すべきであるから、本件には、日本法が適用される。」
・権利濫用の成否について
原告は、以下の点を挙げて、被告が原告に対し、本件特許権に基づく損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないと主張した。
①被告が意図的に本件特許について適時開示義務に違反したこと、
②被告の本件仮処分の申立てが報復的な対抗措置であること、
③被告が本件FRAND宣言に基づく標準規格必須宣言特許である本件特許権についてのライセンス契約締結義務及び誠実交渉義務に違反し、いわゆる「ホールドアップ状況」(標準規格に取り込まれた技術の権利行使によって標準規格の利用を望む者が利用できなくなる状況)を策出していること、
④かかる被告の一連の行為が独占禁止法に違反すること
原告の上記主張に対し、裁判所は先ず、「我が国の民法には、契約締結準備段階における当事者の義務について明示した規定はないが、契約交渉に入った者同士の間では、一定の場合には、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当である。」とした。
その上で本件については、被告がETSIのIPRポリシー6.1項に準拠するFRAND条件(公正、合理的かつ非差別的な条件)で、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(本件FRAND宣言)をしており、ETSIの指針には、会員の義務として、「必須IPRの所有者は、公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスを許諾することを保証することが求められること」(IPRポリシー6.1項)、会員の権利として、「規格に関し、公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスが許諾されること」(IPRポリシー6.1項)、第三者の権利として、「少なくとも製造及び販売、賃貸、修理、使用、動作するため、規格に関し、公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスが許諾されること」(IPRポリシー6.1項)を定めていることを指摘し、「被告が本件特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望する具体的な申出を受けた場合には、被告とその申出をした者との間で、FRAND条件でのライセンス契約に係る契約締結準備段階に入ったものというべきであるから、両者は、上記ライセンス契約の締結に向けて、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当である。」と判断した。
そして、本件において被告に信義則上の義務違反があったか否かについては、下記の通り判断した。
「被告は、アップル社の再三の要請にもかかわらず、アップル社において被告の本件ライセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに必要な情報(被告と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供することなく、アップル社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがなかったものと認められるから、被告は、UMTS規格に必須であると宣言した本件特許に関するFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けて、重要な情報をアップル社に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認めるのが相当である。」
その結果、裁判所は、「被告が、上記信義則上の義務を尽くすことなく、原告に対し、本件製品2及び4について本件特許権に基づく損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用に当たるものとして許されない」と判断した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130325133658.pdf
東京地裁 平成25年2月28日判決 平成23年(ワ)38969号 データ送信方法事件
・請求認容
・Apple Japan合同会社 対 三星電子株式会社
・民法1条3項、権利の濫用、信義則、FRAND
(経緯)
本件は、原告が、原告製品の生産、譲渡、輸入等の行為は、被告の特許権(特許第4642898号)の侵害行為に当たらず、被告が原告の前記行為に係る本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求めた事案である。
(本件特許)
被告の特許発明は、パケットサービスを支援する移動通信システムに関するものであり、特に無線リンク上のプロトコルデータユニットのヘッダーサイズを減少させて無線リソースを効率的に使用する方法及び装置に関するものであった。
(争点)
本件の争点は下記の通りである。
①原告製品についての本件発明1の技術的範囲の属否(争点1)
②本件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号、5号)の成否(争点2)
③特許法104条の3第1項の規定による本件各発明に係る本件特許権の権利行使の制限の成否(争点3)
④本件各製品に係る本件特許権の消尽の有無(争点4)
⑤被告の本件FRAND宣言に基づくアップル社と被告間の本件特許権のライセンス契約の成否(争点5)
⑥被告による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使の権利濫用の成否(争点6)である。
(裁判所の判断)
上記争点のうち、裁判所は争点1及び争点6について判断した。争点6に関する判断は以下の通りである。
・前提事実
被告は本件特許の出願後(平成18年5月4日)、ETS1(欧州電気通信標準化機構)に対し、本件出願がUMTS規格に関連した必須IPR(知的財産権)であるか、又はそうなる可能性が高いことを知らせ、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(FRAND宣言)をした(平成19年8月7日)。
その後、アップル社は、被告がアップル社の知的財産権を侵害するとして、米国において侵害訴訟を提起した。これに対し被告は、原告が原告製品を製造等する行為が本件特許を侵害するとして、仮処分の申立をした。
アップル社と被告は本件特許に関するライセンス交渉を行い、被告はFRAND条件下でアップル社にライセンス提供する用意があるなどと述べた。
アップル社は、被告に対し、被告のライセンス提示がFRAND条件に従ったものとアップル社において判断することができるようにするための情報を被告に開示するよう要請した。
これに対し被告は、そのような情報を提供することなく、かつ、アップル社が提案したライセンス条件についても具体的な条件を示すことなく本件訴訟を提起するに至った。
・準拠法について
裁判所はまず本件が適用される準拠法について、以下のように判断した。
「本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権は、その法律関係の性質が不法行為であると解されるから、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)17条によってその準拠法が定められることになる。
そして、本件における「加害行為の結果が発生した地の法」(通則法17条)は、本件各製品の輸入、販売が行われた地が日本国内であること、我が国の特許法の保護を受ける本件特許権の侵害に係る損害が問題とされていることからすると、日本の法律と解すべきであるから、本件には、日本法が適用される。」
・権利濫用の成否について
原告は、以下の点を挙げて、被告が原告に対し、本件特許権に基づく損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないと主張した。
①被告が意図的に本件特許について適時開示義務に違反したこと、
②被告の本件仮処分の申立てが報復的な対抗措置であること、
③被告が本件FRAND宣言に基づく標準規格必須宣言特許である本件特許権についてのライセンス契約締結義務及び誠実交渉義務に違反し、いわゆる「ホールドアップ状況」(標準規格に取り込まれた技術の権利行使によって標準規格の利用を望む者が利用できなくなる状況)を策出していること、
④かかる被告の一連の行為が独占禁止法に違反すること
原告の上記主張に対し、裁判所は先ず、「我が国の民法には、契約締結準備段階における当事者の義務について明示した規定はないが、契約交渉に入った者同士の間では、一定の場合には、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当である。」とした。
その上で本件については、被告がETSIのIPRポリシー6.1項に準拠するFRAND条件(公正、合理的かつ非差別的な条件)で、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(本件FRAND宣言)をしており、ETSIの指針には、会員の義務として、「必須IPRの所有者は、公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスを許諾することを保証することが求められること」(IPRポリシー6.1項)、会員の権利として、「規格に関し、公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスが許諾されること」(IPRポリシー6.1項)、第三者の権利として、「少なくとも製造及び販売、賃貸、修理、使用、動作するため、規格に関し、公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスが許諾されること」(IPRポリシー6.1項)を定めていることを指摘し、「被告が本件特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望する具体的な申出を受けた場合には、被告とその申出をした者との間で、FRAND条件でのライセンス契約に係る契約締結準備段階に入ったものというべきであるから、両者は、上記ライセンス契約の締結に向けて、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当である。」と判断した。
そして、本件において被告に信義則上の義務違反があったか否かについては、下記の通り判断した。
「被告は、アップル社の再三の要請にもかかわらず、アップル社において被告の本件ライセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに必要な情報(被告と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供することなく、アップル社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがなかったものと認められるから、被告は、UMTS規格に必須であると宣言した本件特許に関するFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けて、重要な情報をアップル社に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認めるのが相当である。」
その結果、裁判所は、「被告が、上記信義則上の義務を尽くすことなく、原告に対し、本件製品2及び4について本件特許権に基づく損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用に当たるものとして許されない」と判断した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130325133658.pdf