平成29年2月28日 最高裁第三小法廷 エマックス事件(平成27(受)1876)(原審:福岡高裁 平成27年6月17日判決 平成26(ネ)791)
・原判決破棄・差戻し ・商標法4条1項10号、39条(特許法104条の3準用)、47条、不正競争防止法2条1項1号、民法 1 条 3 項 ・無効の抗弁、除斥期間の経過、権利濫用の抗弁、周知性
(事件の概要) 1 本件本訴 本件本訴は、米国法人Aとの間で同社の製造する電気瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、被上告人使用商標(「エマックス」、「EemaX」、「Eemax」)を使用して本件湯沸器を販売している被上告人が、本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売している上告人に対し、被上告人使用商標と同一の商標を使用する上告人の行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当する等と主張して、その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。
2 本件反訴 本件反訴は、上告人が、被上告人に対し、下記登録商標につき有する各商標権に基づき、これらに類似する商標の使用の差止め等を求めた事案である。
①商標第4895484号 商標 :「エマックス」(標準文字) 指定商品:(11類)家庭用電気瞬間湯沸器等 ②商標第5366316号 商標 : 指定商品:(11類)家庭用電気瞬間湯沸器等
3 経緯 H6.11.1 被上告人は、Aとの間で日本国内における独占的販売代理店契約を締結し、被上告人商標を使用して本件湯沸器の販売を開始。 H15.12.20 上告人と被上告人との間で販売代理店契約を締結。 H17.9.16 商標第4895484号登録。 H18.6 上告人が被上告人に対し損害賠償請求訴訟を提起。 H19.5.25 販売代理店契約が存在しないことの確認等を内容とする訴訟上の和解が成立(第一次和解)。 H21.7 被上告人が上告人に対し不正競争防止法に基づく差止等請求訴訟を提起。 H22.3.23 商標第5366316号登録。 H23.7.8 上記不競法に基づく差止等請求訴訟において、上告人は「エマックス」という商品名を使用ないことを誓約することなどを内容とする訴訟上の和解が成立(第二次和解)。しかし、上告人は、その後も上告人商標の使用を継続。 H24.12 被上告人 本訴提起。 H25.12 上告人 反訴提起。 H26.2.6 被上告人は、本件商標権に係る登録商標は、商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し、被上告人に対する本件商標権の行使は許されない旨の反訴答弁書を陳述。 H26.6.26 被上告人は、本件商標権に係る各登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として、無効審判請求(無効2014-890052号、無効2014-890053号)。 H27.3.31 無効2014-890052号及び無効2014-890053号の無効審決。上告人は無効審決を不服として知財高裁に審決取消訴訟を提起(平成27(行ケ)10083、10084)。 H27.12.24 知財高裁が無効審決の取消判決。
4 原審の判断 原審は、被上告人商標は不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品等表示(中略)として需要者の間に広く認識されているもの」に当たり、上告人が被上告人商標を使用する行為は同号所定の不正競争に該当するとして、本訴請求の一部を認容した。 また原審は、被上告人商標が商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たり、被上告人商標と同一又は類似の商標である本件各登録商標のいずれについても、商標登録を受けることができない同号所定の商標に該当するから、同法39条において準用される特許法104条の3第1項に係る抗弁が認められ、本件各商標権の行使は許されないとして、反訴請求を棄却した。 尚、原審では、被上告人使用商標につき不正競争防止法2条1項1号及び商標法4条1項10号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとされた部分につき、次のとおり判断している。 すなわち、「被上告人による本件湯沸器の販売に関する新聞報道、展示会への出展、広告宣伝費の支出及び販売実績等に加え、上告人代表者が、被上告人と人的、資本的なつながりを有していなかったにもかかわらず、本件湯沸器の存在を知り、被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことなどに鑑みると、被上告人使用商標は、遅くとも、上記交渉が開始された平成15年秋頃までには、日本国内において、被上告人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至ったものというべきである。」
(最高裁の判断) 最高裁は、原審の上記判断について何れも是認できないと判断した。その理由については、以下の通り述べている。
1 不正競争防止法2条1項1号に関する部分について 「被上告人が被上告人使用商標を使用して販売している本件湯沸器は、商品の内容や取引の実情等に照らして、その販売地域が一定の地域に限定されるものとはいえず、日本国内の広範囲にわたるものであることがうかがわれる。そして、被上告人による本件湯沸器の広告宣伝等についてみると、・・・被上告人を広告主とする新聞広告が掲載されたのは平成7年及び平成11年の2回にすぎず、被上告人が平成6年度から平成24年度までに支出した広告宣伝費及び展示会費の額も、本件湯沸器の販売地域が日本国内の広範囲にわたることに照らすと、多額であるとはいえない。また、被上告人による本件湯沸器の販売についてみると、・・・大手の建設会社を含む相当数の企業等に対する販売実績があり、販売台数も一定以上にのぼることがうかがわれるものの、具体的な販売台数などの販売状況の総体は明らかでない。そうすると、・・・上告人代表者が知人を介して本件湯沸器の存在を知り被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことを考慮したとしても、これらの事情から直ちに、被上告人使用商標が日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったということはできない。 したがって、被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく、原審摘示の事情のみをもって直ちに、被上告人使用商標が不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとして、上告人が被上告人使用商標と同一の商標を使用する行為につき同号該当性を認めた原審の判断には、法令の適用を誤った違法があるというべきである。」
2 商標法4条1項10号に関する部分について (1)商標法39条で準用する特許法104条の3第1項の無効の抗弁 最高裁は、上記無効の抗弁は、除斥期間の経過により無効審判を請求することができない場合には、商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、主張することが許されないと判示した。
「商標法47条1項は、商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは、不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き、商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨定めており、その趣旨は、同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが、商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは、商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために、商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第353号同17年7月11日第二小法廷判決・裁判集民事217号317頁参照)。そして、商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定(以下「本件規定」という。)によれば、商標権侵害訴訟において、商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、商標権者は相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ、上記のとおり商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができないのであるから、この無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても、同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。また、上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項10号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると、商標権者は、商標権侵害訴訟を提起しても、相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり、商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。 そうすると、商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である。」
(2)権利濫用の抗弁 一方、最高裁は、権利濫用の抗弁については、除斥期間の経過後であっても、商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、権利濫用の抗弁を主張することができると判示した。
「商標法4条1項10号が、商標登録の出願時において他人の業務に係る商品又は役務(以下「商品等」という。)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標につき商標登録を受けることができないものとしている(同条3項参照)のは、需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品等の出所の混同の防止を図るとともに、当該商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている者の利益と商標登録出願人の利益との調整を図るものであると解される。そうすると、登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に、当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも、商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして、権利の濫用に当たり許されないものというべきである(最高裁昭和60年(オ)第1576号平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁参照)。そこで、商標権侵害訴訟の相手方は、自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている商標との関係で登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することができるものと解されるところ、かかる抗弁については、商標権の設定登録の日から5年を経過したために本件規定に係る抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても、同法47条1項の上記(ア)の趣旨を没却するものとはいえない。 したがって、商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許されると解するのが相当である。」
(3)本件各登録商標の商標法4条1項10号該当性 本件各登録商標の4条1項10号該当性に関し、最高裁は、被上告人による本件湯沸器の広告宣伝や販売等の状況に照らし、被上告人使用商標が、本件各登録商標に係る商標登録の出願時までに、日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとは直ちにいうことができないと判断した。その上で、最高裁は、被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく、原審摘示の事情のみをもって直ちに、被上告人使用商標が10号の「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとした原審の判断には、法令の適用を誤った違法があると判断した。
(参照元) 最高裁HP ”http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/543/086543_hanrei.pdf“
平成29年2月28日 最高裁第三小法廷 エマックス事件(平成27(受)1876)(原審:福岡高裁 平成27年6月17日判決 平成26(ネ)791)
・原判決破棄・差戻し
・商標法4条1項10号、39条(特許法104条の3準用)、47条、不正競争防止法2条1項1号、民法 1 条 3 項
・無効の抗弁、除斥期間の経過、権利濫用の抗弁、周知性
(事件の概要)
1 本件本訴
本件本訴は、米国法人Aとの間で同社の製造する電気瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、被上告人使用商標(「エマックス」、「EemaX」、「Eemax」)を使用して本件湯沸器を販売している被上告人が、本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売している上告人に対し、被上告人使用商標と同一の商標を使用する上告人の行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当する等と主張して、その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。
2 本件反訴
本件反訴は、上告人が、被上告人に対し、下記登録商標につき有する各商標権に基づき、これらに類似する商標の使用の差止め等を求めた事案である。
①商標第4895484号
商標 :「エマックス」(標準文字)
指定商品:(11類)家庭用電気瞬間湯沸器等
②商標第5366316号
商標 :
指定商品:(11類)家庭用電気瞬間湯沸器等
3 経緯
H6.11.1 被上告人は、Aとの間で日本国内における独占的販売代理店契約を締結し、被上告人商標を使用して本件湯沸器の販売を開始。
H15.12.20 上告人と被上告人との間で販売代理店契約を締結。
H17.9.16 商標第4895484号登録。
H18.6 上告人が被上告人に対し損害賠償請求訴訟を提起。
H19.5.25 販売代理店契約が存在しないことの確認等を内容とする訴訟上の和解が成立(第一次和解)。
H21.7 被上告人が上告人に対し不正競争防止法に基づく差止等請求訴訟を提起。
H22.3.23 商標第5366316号登録。
H23.7.8 上記不競法に基づく差止等請求訴訟において、上告人は「エマックス」という商品名を使用ないことを誓約することなどを内容とする訴訟上の和解が成立(第二次和解)。しかし、上告人は、その後も上告人商標の使用を継続。
H24.12 被上告人 本訴提起。
H25.12 上告人 反訴提起。
H26.2.6 被上告人は、本件商標権に係る登録商標は、商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し、被上告人に対する本件商標権の行使は許されない旨の反訴答弁書を陳述。
H26.6.26 被上告人は、本件商標権に係る各登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として、無効審判請求(無効2014-890052号、無効2014-890053号)。
H27.3.31 無効2014-890052号及び無効2014-890053号の無効審決。上告人は無効審決を不服として知財高裁に審決取消訴訟を提起(平成27(行ケ)10083、10084)。
H27.12.24 知財高裁が無効審決の取消判決。
4 原審の判断
原審は、被上告人商標は不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品等表示(中略)として需要者の間に広く認識されているもの」に当たり、上告人が被上告人商標を使用する行為は同号所定の不正競争に該当するとして、本訴請求の一部を認容した。
また原審は、被上告人商標が商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たり、被上告人商標と同一又は類似の商標である本件各登録商標のいずれについても、商標登録を受けることができない同号所定の商標に該当するから、同法39条において準用される特許法104条の3第1項に係る抗弁が認められ、本件各商標権の行使は許されないとして、反訴請求を棄却した。
尚、原審では、被上告人使用商標につき不正競争防止法2条1項1号及び商標法4条1項10号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとされた部分につき、次のとおり判断している。
すなわち、「被上告人による本件湯沸器の販売に関する新聞報道、展示会への出展、広告宣伝費の支出及び販売実績等に加え、上告人代表者が、被上告人と人的、資本的なつながりを有していなかったにもかかわらず、本件湯沸器の存在を知り、被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことなどに鑑みると、被上告人使用商標は、遅くとも、上記交渉が開始された平成15年秋頃までには、日本国内において、被上告人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至ったものというべきである。」
(最高裁の判断)
最高裁は、原審の上記判断について何れも是認できないと判断した。その理由については、以下の通り述べている。
1 不正競争防止法2条1項1号に関する部分について
「被上告人が被上告人使用商標を使用して販売している本件湯沸器は、商品の内容や取引の実情等に照らして、その販売地域が一定の地域に限定されるものとはいえず、日本国内の広範囲にわたるものであることがうかがわれる。そして、被上告人による本件湯沸器の広告宣伝等についてみると、・・・被上告人を広告主とする新聞広告が掲載されたのは平成7年及び平成11年の2回にすぎず、被上告人が平成6年度から平成24年度までに支出した広告宣伝費及び展示会費の額も、本件湯沸器の販売地域が日本国内の広範囲にわたることに照らすと、多額であるとはいえない。また、被上告人による本件湯沸器の販売についてみると、・・・大手の建設会社を含む相当数の企業等に対する販売実績があり、販売台数も一定以上にのぼることがうかがわれるものの、具体的な販売台数などの販売状況の総体は明らかでない。そうすると、・・・上告人代表者が知人を介して本件湯沸器の存在を知り被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことを考慮したとしても、これらの事情から直ちに、被上告人使用商標が日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったということはできない。
したがって、被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく、原審摘示の事情のみをもって直ちに、被上告人使用商標が不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとして、上告人が被上告人使用商標と同一の商標を使用する行為につき同号該当性を認めた原審の判断には、法令の適用を誤った違法があるというべきである。」
2 商標法4条1項10号に関する部分について
(1)商標法39条で準用する特許法104条の3第1項の無効の抗弁
最高裁は、上記無効の抗弁は、除斥期間の経過により無効審判を請求することができない場合には、商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、主張することが許されないと判示した。
「商標法47条1項は、商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは、不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き、商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨定めており、その趣旨は、同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが、商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは、商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために、商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第353号同17年7月11日第二小法廷判決・裁判集民事217号317頁参照)。そして、商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定(以下「本件規定」という。)によれば、商標権侵害訴訟において、商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、商標権者は相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ、上記のとおり商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができないのであるから、この無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても、同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。また、上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項10号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると、商標権者は、商標権侵害訴訟を提起しても、相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり、商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。
そうすると、商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である。」
(2)権利濫用の抗弁
一方、最高裁は、権利濫用の抗弁については、除斥期間の経過後であっても、商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、権利濫用の抗弁を主張することができると判示した。
「商標法4条1項10号が、商標登録の出願時において他人の業務に係る商品又は役務(以下「商品等」という。)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標につき商標登録を受けることができないものとしている(同条3項参照)のは、需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品等の出所の混同の防止を図るとともに、当該商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている者の利益と商標登録出願人の利益との調整を図るものであると解される。そうすると、登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に、当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも、商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして、権利の濫用に当たり許されないものというべきである(最高裁昭和60年(オ)第1576号平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁参照)。そこで、商標権侵害訴訟の相手方は、自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている商標との関係で登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することができるものと解されるところ、かかる抗弁については、商標権の設定登録の日から5年を経過したために本件規定に係る抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても、同法47条1項の上記(ア)の趣旨を没却するものとはいえない。
したがって、商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許されると解するのが相当である。」
(3)本件各登録商標の商標法4条1項10号該当性
本件各登録商標の4条1項10号該当性に関し、最高裁は、被上告人による本件湯沸器の広告宣伝や販売等の状況に照らし、被上告人使用商標が、本件各登録商標に係る商標登録の出願時までに、日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとは直ちにいうことができないと判断した。その上で、最高裁は、被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく、原審摘示の事情のみをもって直ちに、被上告人使用商標が10号の「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとした原審の判断には、法令の適用を誤った違法があると判断した。
(参照元)
最高裁HP ”http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/543/086543_hanrei.pdf“