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判例・実務情報

(知財高裁、特許) 数値限定発明 発明の特定に於いては,必ずしも所望の効果を発揮するために必要な条件をすべて特定する必要はない。



Date.2010年12月19日

平成21年(行ケ)第10330号 経皮的薬剤配達装置事件 判決日:平成22年10月12日

・請求認容 

・特許法29条2項、進歩性、数値限定、技術的意義 

・アルザ・コーポレーション 対 特許庁長官

 本願発明は以下の通りである。

 

【請求項1】

 薬理学的活性物質を経皮的に配達するための装置であって,

 複数の角質層-穿刺微細突出物を有する部材,および部材上の乾燥被膜を含んでおり,当該被膜は乾燥前に,一定量の薬理学的活性物質の水溶液を含んでいる装置であって,

 前記薬理学的活性物質が約1mg未満の量を投与される時に治療的に有効であるほど十分に強力であり,

 前記物質が約50mg/mlを超える水溶性を有し,かつ前記水溶液が約500センチポアズ未満の粘度を有し,薬理学的活性物質がACTH(1-24),カルシトニン,デスモプレッシン,LHRH,ゴセレリン,ロイプロリド,ブセレリン,トリプトレリン,他のLHRH類似体,PTH,バソプレッシン,デアミノ[Va14,DArg8]アルギニンバソプレッシン,インターフェロンアルファ,インターフェロンベータ,インターフェロンガンマ,FSH,EPO,GM-CSF,G-CSF,IL-10,グルカゴン,GRF,それらの類似体および医薬として許容できるそれらの塩から成る群から選択されていることを特徴とする装置。

 主引例および副引例は以下の通りである。

・<引用発明の内容>

 薬剤、医薬品等の薬理学的に活性の物質を体表面の角質層に穿孔して導入するための受動経皮放出装置88または経皮治療用装置98であって、

 表皮の角質層に穿通する複数個のマイクロブレード4を有するシート6、およびシート6上に溜め90を含んでおり、

 当該溜め90は、所定濃度の薬剤を含んでいる受動経皮放出装置88または経皮治療用装置98であって、

 前記薬剤、医薬品等の薬理学的に活性の物質が一定の医薬品放出割合を望むべく飽和を越える濃度あるいは飽和よりも下のレベルで存在し、

 薬剤、医薬品等の薬理学的に活性の物質がACTH、LHRH、ゴセレリン、ブセレリン、LHRHアナログ、インターフェロン、ACTHアナログ等から選択されている受動経皮放出装置88または経皮治療用装置98。

・<引用例2に記載された発明の内容>

 物質30を組織20の表面18に穴を開けて運び込むために,ニードルアレイ10上の複数の微小針12に物質30の溶液を塗布し,乾燥させて,ニードルアレイ10上の複数の微小針12に物質30の乾燥被覆を形成する手段

 本件で争点となった本願発明と引用発明の相違点は、以下の通りである。

 相違点A

 「本願補正発明では、部材上の薬剤保留部が乾燥被膜であり、当該被膜は乾燥前に薬理学的活性物質の水溶性が約50mg/mlを超えるものであり、かつ、水溶液が約500センチポアズ未満の粘度を有しているのに対し、引用発明では、部材上の薬剤貯留部がそのような構成ではない点。」

 特許庁は、引用発明との相違点Aに係る、数値限定を含む構成につき、引用発明と引用例2は、「物質を経皮的に配達するための装置」に関するものであり、同一技術分野に属するものであるから、引用発明において、引用例2に記載の技術的事項を適用することにより容易想到であるとした。また、薬理学的活性物質が「約50mg/mlを超える水溶性を有し、かつ前記水溶液が約500センチポアズ未満の粘度を有」する点については、設計的事項であるとして、進歩性欠如の拒絶審決をした。

 この争点に関し、知財高裁は、引用例2には、部材上の複数の角質層-穿刺微細突出物に物質の水溶液を塗布するに際して、部材上の複数の角質層-穿刺微細突出物に物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり、有効な塗布厚みとなって付着するようにするという点に着目した技術的思想について開示がないとして、相違点Aに係る本件発明の構成は容易想到でないと判断した。

 

 「・・・引用発明及び引用例2に開示された手段に接した当業者・・・・が本願補正発明に到達しようとするとき、当業者は、まず、①引用発明における薬剤保留部(溜め90)に代え、引用例2(甲2)に記載の、部材上の複数の角質層-穿刺微細突出物に物質の水溶液を塗布するとの技術を採用し、②引用例2(甲2)に記載も示唆もない、部材上の複数の角質層-穿刺微細突出物に、物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり、有効な塗布厚みとなって付着するようにするとの観点に着目し、さらに、③物質の水溶性を約50mg/mlを超えるものとし、かつ物質の水溶液の粘度を約500センチポアズ未満とすることに想到する必要があるが、引用発明および引用例2に開示された手段に接した当業者は、引用例2の記載を参考にして、上記①の点には容易には想到し得たといえても、そこからさらに進んで、引用例2(甲2)に記載も示唆もない上記②の点に着目することを容易に想到し得たとはいえず、ましては、上記③の点まで容易に想到し得たものとはいえないというべきである。」

 また特許庁は、本願発明が、①粘度の上限のみ限定され、下限は限定されておらず、粘度が例えば水そのものの粘度とほぼ同じように低い水溶液も含まれるものであること、②このことは、粘性は大きくなければならない旨の原告の主張と矛盾することを主張した。

 しかし、知財高裁は、「特許請求の範囲において発明を特定する際、必ずしも、所望の効果を発揮するために必要な条件をすべて特定しなければならないわけではなく、発明を構成する特徴的な条件のみ特定すれば足りることが通常であって、発明の内容と技術常識に基づき当業者が適宜設定できる条件まで、逐一、発明特定事項とすることが求められるわけではない。と判示した。

 その結果、相違点Aの容易想到性の判断には誤りがあるとして、原告の請求を認容した。