知財高裁平成23年03月17日判決 平成22(行ケ)10209 コンピュータシステムの起動方法、コンピュータシステムおよびハードディスクドライブ事件
・請求棄却
・三星電子株式会社 対 特許庁長官
・29条2項、進歩性、分割出願、一致点の認定の誤り、容易想到性
(経緯)
原告は、「コンピュータシステムの起動方法、コンピュータシステムおよびハードディスクドライブ」の発明に関する分割出願をしたが、特許庁は進歩性欠如を理由として拒絶審決をした。本件は、これに不服の原告が知財高裁にその取消しを求めた事案である。
(本件発明および引用発明)
1.本件発明
本件発明は以下の通りである。
コンピュータシステムにおいて、
メインメモリと;
前記メインメモリと通信を行うハードディスクドライブと;
を含み、
前記ハードディスクドライブは、
前記コンピュータシステムのOSを保存するディスクと;
前記ディスクを駆動する駆動モーターと;
前記OSの起動プログラムを保存するフラッシュメモリーと;
前記駆動モーターが定常速度になる前は、前記フラッシュメモリーから前記OSの起動プログラムを読み出して前記メインメモリにローディングし、前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し、前記駆動モーターが定常速度になった後は、前記ディスクから必要なプログラムを読み出して前記メインメモリにローディングする制御部と;
を含むことを特徴とする、コンピューターシステム。
2.引用発明
引用発明は以下の通りである。
単一のドライブ番号が割り当てられ、そのドライブ番号によって指定される不揮発性記憶装置において、前記不揮発性記憶装置の全記憶領域内の第1記憶領域が割り当てられ、電気的にデータの消去及び書き込みが可能なフラッシュメモリーから構成される半導体ディスク装置と、前記不揮発性記憶装置の全記憶領域内における前記第1記憶領域以外の他の第2記憶領域が割り当てられたハードディスクドライブとを具備し、単一のドライブ番号で前記第1記憶領域と前記第2記憶領域を選択的にアクセスできるように構成されている不揮発性記憶装置であって、
前記第1記憶領域は、あるプログラムを構成するファイル群の中でそのプログラム起動時に使用される実行ファイルの格納に使用され、そのファイル以外の他の実行ファイルの格納のために前記第2記憶領域が使用されるものであり、前記ハードディスクを制御するハードディスクコントローラと、前記フラッシュメモリを制御するフラッシュメモリコントローラと、これらの双方を統合制御するハイブリッドコントローラを有する不揮発性記憶装置を、2次記憶として用いたコンピュータシステム
(本件発明と引用発明の一致点および相違点)
1.一致点
コンピュータシステムにおいて、メインメモリと;前記メインメモリと通信を行うハードディスクドライブと;を含み、前記ハードディスクドライブは、前記コンピュータシステムの」ソフトウェア「を保存するディスクと;前記ディスクを駆動する駆動モーターと;前記」ソフトウェア「の起動プログラムを保存するフラッシュメモリーと;「前記フラッシュメモリーから前記」ソフトウェア「の起動プログラムを読み出して前記メインメモリにローディングし、」「前記ディスクから必要なプログラムを読み出して前記メインメモリにローディングする制御部と;を含むことを特徴とする、コンピュータシステム」
2.相違点
相違点1:本願発明においては、格納されるソフトウェアが「OS」であるのに対し、引用例1には、「コンピュータの起動時」は「フラッシュメモリ6から行うのが速度の面からは望ましい」旨の記載(【0009】)及びOS起動時に読み込まれるファイルであるところの「config.sys」等をフラッシュメモリ領域に記憶する旨の記載(【0036】)があるものの、格納されるファイル群が「OS」であることを直接的に明示する記載はない点
相違点2:本願発明においては、「前記駆動モーターが定常速度になる前は」前記フラッシュメモリーから前記OSの起動プログラムを読み出しているのに対し、引用例1には、「データ読み出し速度の早いフラッシュメモリ6にはそのプログラム起動時に使用されるファイルが格納され、そのファイル以外の他のファイルについては記憶容量の大きいハードディスクドライブ5に格納され」、「これにより、そのプログラムの起動を高速に行うことが可能となる」旨の記載はある(【0025】)ものの、前記「プログラム起動時に使用される実行ファイル」の読み出しが「駆動モーターが定常速度になる前」である旨の直接的な明示がない点
相違点3:本願発明においては、「前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し、前記駆動モーターが定常速度になった後は」前記ディスクから必要なプログラムを読み出しているのに対し、引用例1には「前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断」することは記載されておらず、また「他の実行ファイル」の読み出しが「前記駆動モーターが定常速度になった後」になされる旨の直接的な明示もない点
(争点)
1.一致点の認定の誤り
2.相違点を看過した誤り
3.相違点2及び3についての判断の誤り
(裁判所の判断)
上記各争点のうち、2.相違点を看過した誤り、および3.相違点2及び3についての判断の誤り、については以下の通りであった。
・相違点を看過した誤り
先ず、原告は、「本願発明のディスクに保存される「OS」にはOSの起動プログラムが含まれることが自明である一方、引用発明のフラッシュメモリーに保存されるプログラム起動時に使用されるファイルがハードディスクには保存されず、この点で本願発明と引用発明とが相違する旨を主張」した。
この主張に対し、知財高裁は、本件分割出願の出願経過における以下の事実を指摘した。
①拒絶理由通知書において、「起動プログラムが不揮発性保存部(フラッシュメモリー)に保存されるのであれば技術常識から見れば起動プログラムをディスクに保存する必要はないと考えられるし、本件明細書には「OSの起動プログラムを保存するディスク」との発明特定事項の必要性やその作用効果についての説明が見当たらない」旨を指摘された際に、原告が特許請求の範囲から、「OSの起動プログラムを保存するディスク」との発明特定事項を削除した点。
②分割出願後に、特許請求の範囲に、「前記駆動モーターが定常速度になった後に、前記ディスクに保存された前記起動プログラムが前記メインメモリにローディングされるようにする」旨を付加したが、拒絶理由通知書において、明細書には当該付加部分に係る事項が記載されておらず、当該事項を読み出すことを導き出すことができないことを根拠に、分割要件違反を指摘された際に、当該付加部分の「起動プログラム」との文言を「必要なプログラム」に自ら変更した点。
その上で、知財高裁は、原告が、「拒絶査定を避けるべく、本願発明の特定に当たりディスクに保存される対象からOSの起動プログラムを排除したほか、分割出願の要件を満たして出願日を遡及させるべく、駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出す対象からOSの起動プログラムを除外したものと認められる」として、本願発明の解釈に当たっては、ディスクにOSの起動プログラムが保存されていないものと認定した。その結果、引用発明との関係で相違点を認定しなかった本件審決に、誤りはないと判示した。
・相違点2及び3についての判断の誤り
原告は、「本願発明ではフラッシュメモリーには消去・書き込み可能回数に制限があることを前提として、駆動モーターが定常速度になればディスクに保存されているOSの起動プログラムを「必要なプログラム」として読み出すことにより、フラッシュメモリーの不具合に対応できるものであり、引用例1ないし5に記載の発明とは全く異なる」として、容易想到性の判断の誤りを主張した。
しかし、知財高裁は、
①本願の審査経過において、原告が分割出願の要件を満たすために、駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出される対象からOSの起動プログラムを除外しており、本件明細書にも、「必要なプログラム」にOSの起動プログラムが含まれるとする記載がないこと
②フラッシュメモリーの書換え可能な回数には制限があることが技術常識であるとしても、本件明細書には、本願発明の作用効果としてこのようなフラッシュメモリーの不具合に対応する記載がないこと
③引用例1及び2には、フラッシュメモリーにOSの起動プログラムを保存することで、駆動モーターが定常速度になる前からその読み出しを行い、もってOSの起動を高速化することについて示唆があること
を指摘。
その結果、知財高裁は、本願発明の相違点2に係る構成は、容易想到であると判示した。
また、相違点3の容易想到性の判断については、ディスクからのプログラム等の読み出しが、駆動モーターが定常速度になった後でなければならないことは技術常識であり、そのために駆動モーターの回転速度が定常速度になったか否かを判断することは、当業者の周知技術であるとして、相違点3に係る構成についても、容易想到であると判示した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110318115500.pdf
知財高裁平成23年03月17日判決 平成22(行ケ)10209 コンピュータシステムの起動方法、コンピュータシステムおよびハードディスクドライブ事件
・請求棄却
・三星電子株式会社 対 特許庁長官
・29条2項、進歩性、分割出願、一致点の認定の誤り、容易想到性
(経緯)
原告は、「コンピュータシステムの起動方法、コンピュータシステムおよびハードディスクドライブ」の発明に関する分割出願をしたが、特許庁は進歩性欠如を理由として拒絶審決をした。本件は、これに不服の原告が知財高裁にその取消しを求めた事案である。
(本件発明および引用発明)
1.本件発明
本件発明は以下の通りである。
コンピュータシステムにおいて、
メインメモリと;
前記メインメモリと通信を行うハードディスクドライブと;
を含み、
前記ハードディスクドライブは、
前記コンピュータシステムのOSを保存するディスクと;
前記ディスクを駆動する駆動モーターと;
前記OSの起動プログラムを保存するフラッシュメモリーと;
前記駆動モーターが定常速度になる前は、前記フラッシュメモリーから前記OSの起動プログラムを読み出して前記メインメモリにローディングし、前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し、前記駆動モーターが定常速度になった後は、前記ディスクから必要なプログラムを読み出して前記メインメモリにローディングする制御部と;
を含むことを特徴とする、コンピューターシステム。
2.引用発明
引用発明は以下の通りである。
単一のドライブ番号が割り当てられ、そのドライブ番号によって指定される不揮発性記憶装置において、前記不揮発性記憶装置の全記憶領域内の第1記憶領域が割り当てられ、電気的にデータの消去及び書き込みが可能なフラッシュメモリーから構成される半導体ディスク装置と、前記不揮発性記憶装置の全記憶領域内における前記第1記憶領域以外の他の第2記憶領域が割り当てられたハードディスクドライブとを具備し、単一のドライブ番号で前記第1記憶領域と前記第2記憶領域を選択的にアクセスできるように構成されている不揮発性記憶装置であって、
前記第1記憶領域は、あるプログラムを構成するファイル群の中でそのプログラム起動時に使用される実行ファイルの格納に使用され、そのファイル以外の他の実行ファイルの格納のために前記第2記憶領域が使用されるものであり、前記ハードディスクを制御するハードディスクコントローラと、前記フラッシュメモリを制御するフラッシュメモリコントローラと、これらの双方を統合制御するハイブリッドコントローラを有する不揮発性記憶装置を、2次記憶として用いたコンピュータシステム
(本件発明と引用発明の一致点および相違点)
1.一致点
コンピュータシステムにおいて、メインメモリと;前記メインメモリと通信を行うハードディスクドライブと;を含み、前記ハードディスクドライブは、前記コンピュータシステムの」ソフトウェア「を保存するディスクと;前記ディスクを駆動する駆動モーターと;前記」ソフトウェア「の起動プログラムを保存するフラッシュメモリーと;「前記フラッシュメモリーから前記」ソフトウェア「の起動プログラムを読み出して前記メインメモリにローディングし、」「前記ディスクから必要なプログラムを読み出して前記メインメモリにローディングする制御部と;を含むことを特徴とする、コンピュータシステム」
2.相違点
相違点1:本願発明においては、格納されるソフトウェアが「OS」であるのに対し、引用例1には、「コンピュータの起動時」は「フラッシュメモリ6から行うのが速度の面からは望ましい」旨の記載(【0009】)及びOS起動時に読み込まれるファイルであるところの「config.sys」等をフラッシュメモリ領域に記憶する旨の記載(【0036】)があるものの、格納されるファイル群が「OS」であることを直接的に明示する記載はない点
相違点2:本願発明においては、「前記駆動モーターが定常速度になる前は」前記フラッシュメモリーから前記OSの起動プログラムを読み出しているのに対し、引用例1には、「データ読み出し速度の早いフラッシュメモリ6にはそのプログラム起動時に使用されるファイルが格納され、そのファイル以外の他のファイルについては記憶容量の大きいハードディスクドライブ5に格納され」、「これにより、そのプログラムの起動を高速に行うことが可能となる」旨の記載はある(【0025】)ものの、前記「プログラム起動時に使用される実行ファイル」の読み出しが「駆動モーターが定常速度になる前」である旨の直接的な明示がない点
相違点3:本願発明においては、「前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し、前記駆動モーターが定常速度になった後は」前記ディスクから必要なプログラムを読み出しているのに対し、引用例1には「前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断」することは記載されておらず、また「他の実行ファイル」の読み出しが「前記駆動モーターが定常速度になった後」になされる旨の直接的な明示もない点
(争点)
1.一致点の認定の誤り
2.相違点を看過した誤り
3.相違点2及び3についての判断の誤り
(裁判所の判断)
上記各争点のうち、2.相違点を看過した誤り、および3.相違点2及び3についての判断の誤り、については以下の通りであった。
・相違点を看過した誤り
先ず、原告は、「本願発明のディスクに保存される「OS」にはOSの起動プログラムが含まれることが自明である一方、引用発明のフラッシュメモリーに保存されるプログラム起動時に使用されるファイルがハードディスクには保存されず、この点で本願発明と引用発明とが相違する旨を主張」した。
この主張に対し、知財高裁は、本件分割出願の出願経過における以下の事実を指摘した。
①拒絶理由通知書において、「起動プログラムが不揮発性保存部(フラッシュメモリー)に保存されるのであれば技術常識から見れば起動プログラムをディスクに保存する必要はないと考えられるし、本件明細書には「OSの起動プログラムを保存するディスク」との発明特定事項の必要性やその作用効果についての説明が見当たらない」旨を指摘された際に、原告が特許請求の範囲から、「OSの起動プログラムを保存するディスク」との発明特定事項を削除した点。
②分割出願後に、特許請求の範囲に、「前記駆動モーターが定常速度になった後に、前記ディスクに保存された前記起動プログラムが前記メインメモリにローディングされるようにする」旨を付加したが、拒絶理由通知書において、明細書には当該付加部分に係る事項が記載されておらず、当該事項を読み出すことを導き出すことができないことを根拠に、分割要件違反を指摘された際に、当該付加部分の「起動プログラム」との文言を「必要なプログラム」に自ら変更した点。
その上で、知財高裁は、原告が、「拒絶査定を避けるべく、本願発明の特定に当たりディスクに保存される対象からOSの起動プログラムを排除したほか、分割出願の要件を満たして出願日を遡及させるべく、駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出す対象からOSの起動プログラムを除外したものと認められる」として、本願発明の解釈に当たっては、ディスクにOSの起動プログラムが保存されていないものと認定した。その結果、引用発明との関係で相違点を認定しなかった本件審決に、誤りはないと判示した。
・相違点2及び3についての判断の誤り
原告は、「本願発明ではフラッシュメモリーには消去・書き込み可能回数に制限があることを前提として、駆動モーターが定常速度になればディスクに保存されているOSの起動プログラムを「必要なプログラム」として読み出すことにより、フラッシュメモリーの不具合に対応できるものであり、引用例1ないし5に記載の発明とは全く異なる」として、容易想到性の判断の誤りを主張した。
しかし、知財高裁は、
①本願の審査経過において、原告が分割出願の要件を満たすために、駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出される対象からOSの起動プログラムを除外しており、本件明細書にも、「必要なプログラム」にOSの起動プログラムが含まれるとする記載がないこと
②フラッシュメモリーの書換え可能な回数には制限があることが技術常識であるとしても、本件明細書には、本願発明の作用効果としてこのようなフラッシュメモリーの不具合に対応する記載がないこと
③引用例1及び2には、フラッシュメモリーにOSの起動プログラムを保存することで、駆動モーターが定常速度になる前からその読み出しを行い、もってOSの起動を高速化することについて示唆があること
を指摘。
その結果、知財高裁は、本願発明の相違点2に係る構成は、容易想到であると判示した。
また、相違点3の容易想到性の判断については、ディスクからのプログラム等の読み出しが、駆動モーターが定常速度になった後でなければならないことは技術常識であり、そのために駆動モーターの回転速度が定常速度になったか否かを判断することは、当業者の周知技術であるとして、相違点3に係る構成についても、容易想到であると判示した。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110318115500.pdf