知財高裁大合議 平成24年01月27日判決 平成22(ネ)10043号 プラバスタチンNa事件
・控訴棄却
・テバ ジョジセルジャール ザートケルエンムケド レースベニュタールシャシャーグ 対 協和発酵キリン株式会社
・特許法70条1項、プロダクト・バイ・プロセスクレーム、特許発明の技術的範囲の確定、発明の要旨の認定
(経緯)
控訴人は、「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物」の特許発明(特許第3737801号)に関する特許権を有している。
被控訴人は、高脂血症、高コレステロール血症等に対する医薬品である「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」(被告製品)を、日本国内において、業として販売していた。
控訴人は、被控訴人が被告製品を製造販売する行為が自己の特許権を侵害するものであるとして、その差止め等を求めて東京地裁に訴えを提起した(平成22年3月31日判決 平成19年(ワ)35324号)。
一審の東京地裁では、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された本件発明の技術的範囲の確定においては、製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであり、被告製品は本件発明の構成を充足するとは認められないとして、控訴人の請求を棄却する判決をした。
本件は、東京地裁の判決に不服の控訴人が、その取消しを求めて知財高裁に控訴した事案である。
(本件発明)
訂正後の本件発明は、下記の通りである(下線部は訂正箇所)。
【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウムを単離すること、
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
(東京地裁の判断)
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された本件発明の技術的範囲の確定に関する東京地裁の判断は、以下の通りである。
「特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから、物の発明について、特許請求の範囲に、当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず、あえて物の製造方法が記載されている場合には、当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で、一定の化学物質等のように、物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは、技術上否定できず、そのような場合には、当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって、物の発明について、特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には、原則として、「物の発明」であるからといって、特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく、当該特許発明の技術的範囲は、当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって、物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も、当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。」
(争点)
本件における主な争点は、以下の通りである。
1.被告製品は、本件各発明の技術的範囲に属するか
2.本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
(知財高裁の判断)
先ず、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された特許発明の技術的範囲の確定の原則について、知財高裁は、以下の通り判示した。
「・・・本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合、当該発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって、特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて、他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。」
その上で、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合は、製造方法に限定されることなく解釈されるとした。
「 もっとも、本件のような「物の発明」の場合、特許請求の範囲は、物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには、発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして、その物の製造方法によって物を特定することも許され、法36条6項2号にも反しないと解される。
そして、そのような事情が存在する場合には、その技術的範囲は、特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても、製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと解釈され、確定されることとなる。」
すなわち、知財高裁は、原則として製法限定説を採用し、例外として物質同一説を採用した。
また、知財高裁は、製法限定説が採用されるのは、「物の製造方法が付加して記載されている場合において、当該発明の対象となる物を、その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり、物質同一説が採用されるのは、「「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っているとき」(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であるとも述べている。
そして、本件発明については、「「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には、その製造方法によらない限り、物を特定することが不可能又は困難な事情は存在しない」として、不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであると認定した。その結果、本件発明の技術的範囲は本件製法要件によって製造された物に限定されるとし、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断した。
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された発明の要旨の認定の原則については、知財高裁は、以下の通り判示した。
「・・・「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている前記プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については、前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により、①発明の対象となる物の構成を、製造方法によることなく、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは、その発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、②上記①のような事情が存在するといえないときは、その発明の要旨は、記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。
この場合において、上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは、これを上記②の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。」
そして、本件発明の要旨の認定においても、「特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として、その手続を進めるべきものと解され、法104条の3に係る抗弁においても同様に解すべきである。」とした。
本件においては、被控訴人は本件特許が、特許法29条1項3号、2項に違反するものであり無効にすべきものであるとの主張をしていた。この104条の3の抗弁に対し、知財高裁は本件発明が先行技術文献に記載された発明および技術常識によって、当業者が容易に想到し得た発明であり、無効にすべきものであるとして主張を認めた。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120203132559.pdf
知財高裁大合議 平成24年01月27日判決 平成22(ネ)10043号 プラバスタチンNa事件
・控訴棄却
・テバ ジョジセルジャール ザートケルエンムケド レースベニュタールシャシャーグ 対 協和発酵キリン株式会社
・特許法70条1項、プロダクト・バイ・プロセスクレーム、特許発明の技術的範囲の確定、発明の要旨の認定
(経緯)
控訴人は、「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物」の特許発明(特許第3737801号)に関する特許権を有している。
被控訴人は、高脂血症、高コレステロール血症等に対する医薬品である「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」(被告製品)を、日本国内において、業として販売していた。
控訴人は、被控訴人が被告製品を製造販売する行為が自己の特許権を侵害するものであるとして、その差止め等を求めて東京地裁に訴えを提起した(平成22年3月31日判決 平成19年(ワ)35324号)。
一審の東京地裁では、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された本件発明の技術的範囲の確定においては、製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであり、被告製品は本件発明の構成を充足するとは認められないとして、控訴人の請求を棄却する判決をした。
本件は、東京地裁の判決に不服の控訴人が、その取消しを求めて知財高裁に控訴した事案である。
(本件発明)
訂正後の本件発明は、下記の通りである(下線部は訂正箇所)。
【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウムを単離すること、
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
(東京地裁の判断)
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された本件発明の技術的範囲の確定に関する東京地裁の判断は、以下の通りである。
「特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから、物の発明について、特許請求の範囲に、当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず、あえて物の製造方法が記載されている場合には、当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で、一定の化学物質等のように、物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは、技術上否定できず、そのような場合には、当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって、物の発明について、特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には、原則として、「物の発明」であるからといって、特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく、当該特許発明の技術的範囲は、当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって、物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も、当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。」
(争点)
本件における主な争点は、以下の通りである。
1.被告製品は、本件各発明の技術的範囲に属するか
2.本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
(知財高裁の判断)
1.被告製品は、本件各発明の技術的範囲に属するか
先ず、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された特許発明の技術的範囲の確定の原則について、知財高裁は、以下の通り判示した。
「・・・本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合、当該発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって、特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて、他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。」
その上で、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合は、製造方法に限定されることなく解釈されるとした。
「 もっとも、本件のような「物の発明」の場合、特許請求の範囲は、物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには、発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして、その物の製造方法によって物を特定することも許され、法36条6項2号にも反しないと解される。
そして、そのような事情が存在する場合には、その技術的範囲は、特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても、製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと解釈され、確定されることとなる。」
すなわち、知財高裁は、原則として製法限定説を採用し、例外として物質同一説を採用した。
また、知財高裁は、製法限定説が採用されるのは、「物の製造方法が付加して記載されている場合において、当該発明の対象となる物を、その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり、物質同一説が採用されるのは、「「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っているとき」(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であるとも述べている。
そして、本件発明については、「「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には、その製造方法によらない限り、物を特定することが不可能又は困難な事情は存在しない」として、不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであると認定した。その結果、本件発明の技術的範囲は本件製法要件によって製造された物に限定されるとし、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断した。
2.本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された発明の要旨の認定の原則については、知財高裁は、以下の通り判示した。
「・・・「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている前記プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については、前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により、①発明の対象となる物の構成を、製造方法によることなく、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは、その発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、②上記①のような事情が存在するといえないときは、その発明の要旨は、記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。
この場合において、上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは、これを上記②の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。」
そして、本件発明の要旨の認定においても、「特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として、その手続を進めるべきものと解され、法104条の3に係る抗弁においても同様に解すべきである。」とした。
本件においては、被控訴人は本件特許が、特許法29条1項3号、2項に違反するものであり無効にすべきものであるとの主張をしていた。この104条の3の抗弁に対し、知財高裁は本件発明が先行技術文献に記載された発明および技術常識によって、当業者が容易に想到し得た発明であり、無効にすべきものであるとして主張を認めた。
(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120203132559.pdf